いた。
 もうすっかり夜が明け放れても、子供はまだ眠っていた。十二月の太陽の青白い光が、そのわびしい室《へや》の窓ガラスを通して、影と光との長い筋を天井に落としていた。その時突然、重く荷を積んだ荷車が大通りのまんなかを通って、その破屋を暴風雨《あらし》が襲ってきたかのように揺り動かし、土台から屋根まで震動さした。
「はい、お上さん、」とコゼットはびくりと目をさまして叫んだ、「ただいま、ただいま!」
 そして彼女は、まだ眠たさに瞼《まぶた》も半ば閉じたままで、寝台から飛びおり、壁のすみの方へ手を差し出した。
「ああ、どうしよう、箒《ほうき》は!」と彼女は言った。
 その時彼女は初めてすっかり目を開いた、そしてジャン・ヴァルジャンの微笑《ほほえ》んでる顔を見た。
「ああ、そうだった!」と彼女は言った。「お早う。」
 子供は天性、身自ら幸福と喜悦であるから、すぐに親しく喜悦と幸福とを受け入れるものである。
 コゼットは寝台の下にある人形のカトリーヌを見つけ、それを取り上げた。そして遊びながら、ジャン・ヴァルジャンへいろいろなことを尋ねた。――ここはどこであるか? パリーとは大きな町であるか? テナルディエの上さんのいる所から遠いのか? もどってゆかないでもよいのか? その他いろいろなことを。それからふいに彼女は叫んだ。「ほんとにここはきれいだこと!」
 実は見すぼらしい小屋同様であったが、彼女はそこで身の自由を感じたのだった。
「掃除《そうじ》をしましょうか。」とついに彼女は言った。
「お遊び。」とジャン・ヴァルジャンは言った。
 そういうふうにして一日は過ぎた。コゼットは別に何にも詮索《せんさく》しようともせず、その人形と老人との間にあってただもう無性にうれしかった。

     三 二つの不幸集まって幸福を作る

 翌日の明け方、ジャン・ヴァルジャンはまたコゼットの寝台のそばにいた。彼はそこで身動きもしないで待っていて、コゼットが目をさますのを見守った。
 ある新しいものが彼の魂の中にはいってきていた。
 ジャン・ヴァルジャンはかつて何者をも愛したことがなかった。二十五年前から彼は世に孤立していた。彼はかつて、父たり、愛人たり、夫たり、友たることがなかった。徒刑場における彼は、険悪で、陰鬱《いんうつ》、純潔で、無学で、剽悍《ひょうかん》であった。その老囚徒の心は少しも
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