上さんは旅客に尋ねた。
彼は答えなかった。深く何かに思いふけってるようだった。
「いったい何という男だろう。」と上さんは口の中でつぶやいた。「ひどい貧乏人と見える。夕食の代も持っていない。宿銭だけでも払えるかしら。でもまあよく床に落ちてた金を盗もうとしなかったものだ。」
そのうちに一つの扉《とびら》があいて、エポニーヌとアゼルマとがはいってきた。
二人とも全くきれいな小娘であった。田舎娘《いなかむすめ》というよりもむしろ町娘と言いたいくらいで、かわいらしかった。一人は艶々《つやつや》と栗色の髪を束ね、一人は長く編んだ髪を背中に下げて、二人とも活発で、身ぎれいで、肥って、生々《いきいき》として、丈夫そうで、見る目も心地よいほどだった。暖かそうに着込んでいたが、そのたくさん重ねた着物も、母親の手ぎわで着付けの美をそこなわないようにされていた。冬の装いも春のすがすがしさを消さないようにつくろってあった。二人は光り輝いていた。その上二人は自由気ままだった。その服装《みなり》や、快活さや、騒ぎ回ってる様子のうちには、皆から大事に奉られてる様が現われていた。二人がはいってきた時テナルディエの上さんは、鍾愛《しょうあい》の情に満ちたわざと小言を言うような調子で言った、「ああお前たちもここに来たのかえ!」
それから一人ずつ膝《ひざ》に引き寄せて、髪の毛をなでつけてやり、リボンを結び直してやり、そして母親特有の優しい仕方で手を離して言った。「ほんとにふしだらな人たちだね。」
二人は暖炉のすみに行ってすわった。人形を一つ持っていて、それを膝の上にひねくり回しながら、うれしそうにささやき合っていた。時々コゼットは編み物から目を上げて、二人が遊んでるのを悲しそうな様子でながめた。
エポニーヌとアゼルマとはコゼットの方へは目もくれなかった。コゼットは二人にとっては犬も同様だった。それから三人の小娘は、皆の年齢を合わしても二十四にしかならなかったが、既に大人の社会のありさまをすべて現わしていた。一方に羨望《せんぼう》と、他方に軽蔑と。
テナルディエの娘の人形は、もうよほど色あせ古ぼけて方々こわれてはいたが、それでもなおコゼットにはりっぱなもののように思われた。彼女は人形というものを、すべての子供によくわかる言い方をすれば本当の人形[#「本当の人形」に傍点]というものを、生まれてま
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