た。三百人の死体が投げ込まれた。おそらくあまりに急がれたであろう。投げ込まれた者は皆死んでいたかというと、口碑は否と答える。埋没の日の夜、かすかな呼ばわる声が井戸から聞こえたそうである。
その井戸は中庭のまんなかに見捨てられている。石と煉瓦《れんが》とで半々にできている三つの壁が屏風《びょうぶ》の袖《そで》のように折り曲がって四角な櫓《やぐら》のような形をして、その三方を取り囲んでいる。ただ一方が開いている。水をくんでいたのはそこからである。奥の壁には一種のぶかっこうな丸窓みたようなものが一つある。たぶん砲弾の穴であろう。その櫓《やぐら》ようのものには屋根がついていたが、今はその桁構《けたがまえ》しか残っていない。右手の壁のささえの鉄は十字架の形をしている。身をかがめてのぞくと、目は煉瓦《れんが》の深い円筒の中に吸い込まれてしまう。そこにはいっぱい暗やみがたたえている。井戸のまわりや壁の下の方は、一面に蕁麻《いらくさ》におおわれている。
井戸の前には、あらゆるベルギーの井戸の縁石をなしているあの大きい青い板石がない。その青い板石の代わりには一本の横木があって、大きな骸骨《がいこつ》に似た節《ふし》くれ立ったごちごちのぶかっこうな丸太が五、六本それに寄せかけてある。釣瓶《つるべ》も鎖も滑車もなくなっている。しかし水受けになっていた石の鉢《はち》はなお残っている。雨水がそれにたまっていて、近くの森の小鳥が時々やってきて水を飲んではまた飛び去ってゆく。
その廃墟《はいきょ》の中の一軒の農家にはなお人が住んでいる。その家の入り口は中庭に面している。その扉《とびら》には、ゴティック式錠前のりっぱな延板《のべいた》のわきに、斜めにつけられた三葉|※[#「宛+りっとう」、第4水準2−3−26]形《わんけい》の鉄の柄がある。ハンノーヴルの中尉ウィルダが農家のうちに逃げ込もうとしてその柄を握った時に、フランスの一工兵は斧の一撃で彼の手を打ち落とした。
その家に住んでる家族の祖父というのが、昔の園丁ヴァン・キルソムであった。彼はもうだいぶ前に死んでしまった。半白の髪の一人の女がこう言ってきかせる。「私はあの当時居合わしていました。三歳でした。大きな姉はこわがって泣いていました。私どもは森の中に連れてゆかれました。私は母の腕に抱かれていました。皆は地面に耳をつけて何かきいていまし
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