。彼がその谷合いに住んでいらい、そこに通ずる一筋の小道は草におおわれてしまった。そこのことを人々は死刑執行人の住家のように言っていた。
 けれども司教はそれに思いを馳《は》せ、一群《ひとむれ》の木立ちがその年老いた民約議会員のいる谷間を示しているあたりを時折ながめた。そして言った、「彼処《あそこ》に一人ぽっちの魂がある。」
 そして彼は胸の奥でつけ加えて言った。「私は彼を訪れてやるの責がある。」
 しかし実を言えば、一見きわめて自然なことのように見えるその考えは、少しの考慮の後には尋常ならぬ不可能なことのように彼には思えた、そしてほとんど嫌悪《けんお》すべきことのようにさえ思えた。何となれば、彼もまた内心一般の人々と同じ印象を受けていた。そして彼自らはっきり自覚はしなかったが、この民約議会員は憎悪《ぞうお》に近い感情を、敬遠という言葉によってよく現わさるる一種の感情を、彼の心に吹き込んでいたのである。
 けれども、羊の悪病は牧人を後《しり》えに退かしむるであろうか。いな。とはいえ何という羊であるかよ!
 善良な司教は困惑していた。時とするとその方へ出かけてみたが、また戻ってきた。
 と
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