かったであろう、風説であり言葉であり話であって、南方の力ある言葉でいわゆるむだ口[#「むだ口」に傍点]というのにすぎなかったであろう。
しかし、それはそれとして、九年間ディーニュに住んで司教職にあった今では、当初小都会や小人どもの話題となるそれらの噂話は、全く忘られてしまっていた。だれもあえてそれを語ろうとする者もなく、あえてそれを思い出してみようとする者もなかった。
ミリエル氏は老嬢であるバティスティーヌ嬢とともにディーニュにきたのであった。彼女は彼より十歳年下の妹だった。
彼らの召し使いとしては、バティスティーヌ嬢と同年配のマグロアールという婢《ひ》が一人いたきりだった。彼女は司祭様の召し使い[#「司祭様の召し使い」に傍点]であったが、今では、老嬢の侍女であり司教閣下の家事取り締まりであるという二重の肩書きを持つようになっていた。
バティスティーヌ嬢はひょろ長い、色の青いやせた穏和な女であった。「尊敬すべき」という言葉が示す理想そのままの女であった。というのは、およそ女が尊重さるべきという趣を持つためには、まず母であることが必要であるように思われる。バティスティーヌ嬢はかつ
前へ
次へ
全639ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング