なかった。
 彼は目を開いた。そしてしばし身のまわりの闇《やみ》の中をすかし見たが、次にまた目を閉じて再び眠ろうとした。
 多くの種々な感情が一日のうちに起こった時に、雑多な事が頭を満たしている時に、人は眠りはするが二度と寝つくものではない。眠りは再び来る時よりも初めに来る時の方が安らかなものである。ジャン・ヴァルジャンに起こった所のものはまさにそれだった。彼は再び眠ることができなかった、そして考え初めた。
 彼はちょうど自分の頭の中にいだいてる思想が混沌《こんとん》としているような場合にあった。彼の脳裏には一種のほの暗い雑踏がこめていた。昔の思い出や近い現在の記憶などが雑然と浮かんで、入り乱れて混乱し、形を失い、ばかげて大きくひろがり、それから忽然《こつぜん》と姿を消して、あたかも泥立ち乱るる水の中にでもはいってしまったかのようだった。多くの考えが彼のうちにわいてきたが、絶えず姿を現わして他の考えを追い却《しりぞ》ける一つのものがあった。その考え、それをここにすぐ述べておこう――彼は、マグロアールが食卓の上に置いた六組みの銀の食器と大きな一つの匙《さじ》とに目をつけたのであった。
 
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