ヴァルジャンは五カ年の懲役に処せられた。
一七九六年四月二十二日、執政官政府が五百人議会にいたした革命第四年花月二日の通牒《つうちょう》にはブォナパルトと呼ばれてる、イタリー軍総司令官によって得られたモンテノッテの勝利が、パリーに伝えられた。ちょうどその日に、多くの囚徒がビセートルにおいて鎖につながれた。ジャン・ヴァルジャンもその一人であった。今ではもう九十歳に近い当時の監獄の古い看守は、中庭の北すみの第四列の一端につながれていたその一人の不幸な囚人を、今日でもなおよく思い起こすであろう。彼も他の者らと同じく地面にすわっていた。彼はただ恐ろしいものであるということを外にしては、自分の地位が何であるか少しも知らなかったようである。けれども、まったく無知なあわれな漠然《ばくぜん》たる考えのうちにも、何かしら余りに酷に過ぐるもののあるのを、たぶん感じていたであろう。頭のうしろで鉄の首輪のねじが金槌《かなづち》で荒々しく打ち付けられる時、彼は泣いた。涙に喉《のど》がつまって声も出なかった。ただ時々かろうじて言うことができた、「私はファヴロールの枝切り人です[#「私はファヴロールの枝切り人です
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