ければ、その経歴を尋ねもいたしませんでした。それも彼の経歴のうちには罪悪があったのでありまして、兄は彼にそれを思い起こさせるような話をいっさいさけてるようでありました。一度兄はポンタルリエの山国の人たちのことを話しまして、彼らは天に近く穏かな仕事をしていると[#「彼らは天に近く穏かな仕事をしていると」に傍点]いうことにつけ加えて、彼らは心が[#「彼らは心が」に傍点]潔《きよ》らかであるから幸福である[#「らかであるから幸福である」に傍点]と申しました時、ふともらしたその言葉のうちに、男の心を痛ましめるようなものがありはしないかを恐れて、突然口をつぐんでしまったほどでした。いろいろ考えてみますと、兄の心のうちにどういう考えがあったかは私にも理解できるように思われます。そのジャン・ヴァルジャンという男は自分の惨《みじ》めさをはっきり心に感じているので、そういうことを忘れさせ、普通の待遇をしてやって、たとい一時でも他の人と同じような人間であると信ぜさせるが最上の策だと、兄はきっと思っていたに違いありません。実際それこそ慈悲ということをよく了解した仕方ではありませんでしょうか。説教や訓戒や諷諭
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