、彼の影に枝葉を伸ばさんとするの愚をなすものは一人もなかった。彼の下の役僧や大補祭らは皆善良な老人のみであった。彼らは彼と同じく多少平民的であり、枢機官になる望みもないその教区のうちに籠《こも》り、司教にまったく似寄っていて、ただその差異は、彼らは老衰しており、司教は完成しているというのみだった。ビヤンヴニュ閣下の側《そば》にあっては昇進が不可能であることはだれも明らかに感じたところで、彼から資格を与えられた若い人々も、神学校をいずれば直ちにエークスやオーシュの大司教らに紹介を得て、すみやかに去ってしまうのであった。何となれば、繰り返して言うが、人は引き立てらるることを求むるから。極端なる克己のうちに生きている聖者は、危険なる隣人である。彼は、不治の貧困や、昇進に利ある技能の麻痺《まひ》や、要するに人が欲する以上の解脱を、伝染せしむることがある。かかるところからビヤンヴニュ師の孤立はきたった。吾人の住む社会は暗澹《あんたん》たるものである。成功することこそ、まさに潰《つぶ》れんとする腐敗より一滴また一滴としたたる教えである。
 ついでにここに付言したい。成功とは嫌悪すべきことである。真
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