ちから突然伏兵の立つように現われて来るのであった。
暇とてはめったになかったが、もし暇があれば彼は、書物はきらいではあったが、それでもなお何か読んでいた。してみれば、彼はまったくの無学ではなかったらしい。またそれは彼の言葉のうちの一種の大げさな調子でもわかることだった。
彼が何らの悪徳をも持たないことは、前に言ったとおりである。自ら満足に感じてる時には一服煙草を吸うことにしていた。そこだけが彼の普通の人間らしいところだった。
たやすく察せらるるとおり、ジャヴェルは、司法省の統計年鑑のうちに無頼漢[#「無頼漢」に傍点]と朱書せられてる一種の階級からは非常に恐れられていた。ジャヴェルという名は彼らを狼狽《ろうばい》さした。ジャヴェルの顔は彼らを縮み上がらした。
この恐ろしい男は上述のとおりの者であった。
ジャヴェルは絶えずマドレーヌ氏の上に据えられてる目のごときものだった。疑念と憶測とに満ちた目だった。マドレーヌ氏もついにそれを気づくようになった。しかし彼は別に何とも思っていないらしかった。ジャヴェルに一言の問いをもかけず、またジャヴェルの姿をさがすでもなく避けるでもなく、その気味悪い圧迫するような目付きをじっと受けながら別に気に留めてもいないらしかった。彼はジャヴェルをも他のすべての人と同じく平気で温和に取り扱っていた。
ジャヴェルの口からもれた二、三の言葉から察すれば、彼は彼ら仲間特有のそして意志とともにまた本能から由来する一種の好奇心をもって、マドレーヌさんが他の所に残してきた前半生の足跡を秘密に探っていたらしい。ある行方《ゆくえ》不明の一家族に関してある地方で多少の消息を得ている者がいるということを、彼は知っているらしかった、また時としては暗にそれを言葉に現わすこともあった。ある時などは彼はふとこう独語した、「彼奴の尻尾《しっぽ》を押さえたようだ!」それから彼は三日の間一言も口をきかずに考え込んでいた。そしてとらえたと思った糸も切れたらしかった。
しかしおよそ、そしてこれはある言葉はあまりに絶対的の意味を現わすかも知れないということに対する必要な緩和物であるが、人間のうちには真に確実なるものはあり得ないものである、そしてまた本能の特質は乱され惑わされ迷わされ得るということにあるものである。もししからずとすれば、本能は知力にまさり、動物は人間よりもす
前へ
次へ
全320ページ中187ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング