その男はジャカン・ラバールの家に行って泊めてもらおうとしたが、宿屋では受け付けなかった。その男がガッサンディの大通りから町にはいってきて、薄暗がりの通りをうろついている所を、見かけた人がある。背嚢《はいのう》と繩《なわ》とを持ってる恐ろしい顔つきの男である。
「本当かね。」と司教は言った。
 司教がそのように問いかけたことにマグロアールは力を得た。彼女には司教がいくらか心配しているのだと思えた。彼女は勝誇ったように言い進んだ。
「本当ですとも。そのとおりでございますよ。今晩、町に何か不幸なことが起こります。皆そう申しております。その上に警察がいかにも手ぬかりなのです(彼女はうまくそのことをくり返したのである)。山国なのに、町には晩に燈火《あかり》もないのですから! 出かけるとします。暗やみばかりです。それで私は申すのです、そしてまた、お老嬢《じょう》さままで私のように申されて……。」
「私?」と妹はそれをさえぎった。「私は何も言いはしないよ。お兄様のなされることは皆いいのだからね。」
 マグロアールはその異議も聞かないがように言葉を続けた。
「私どもはこの家がごく無用心だと申すのです。もしお許しになりますならば、錠前屋のポーラン・ミューズボアの所へ行って、前についていた閂《かんぬき》をまた戸につけに来るように申しましょう。閂はあの家にありますので、すぐにできます。せめて今晩だけでも閂をつけなければいけませんですよ。だれでも通りがかりの人が把手《とって》で外からあけることのできるような戸は、何より一番恐ろしいものではございませんか。それに旦那《だんな》様はいつでもおはいりなさいと言われます、その上夜中にでも、おはいりという許しがなくてもはいれるのですもの……。」
 その時、だれかがかなり強く戸をたたいた。
「おはいりなさい。」と司教は言った。

     三 雄々しき服従

 戸は開いた。
 それは急に大きく開いて、あたかもだれかが力を入れて決然と押し開いたようだった。
 一人の男がはいってきた。
 この男をわれわれは既に知っている。泊まり場所をさがしながら先刻うろついていた旅人である。
 彼ははいってきて一歩進み、そしてうしろに戸を開いたまま立ち止まった。肩に背嚢《はいのう》を負い、手に杖を持ち、目には荒々しい大胆な疲れたそして激した色があった。暖炉の火が彼を照らし
前へ 次へ
全320ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング