あとで、お祖父《じい》さんがもういなくなった時、お前はこれを見て、年とったお祖父《じい》さんのことを思い出してくれるだろう、ねえ! お祖父《じい》さんを忘《わす》れやしないね。」
 憐《あわ》れな老人《ろうじん》は思ってることをすっかりいえなかった。彼《かれ》は、自分よりも長い生命《いのち》があるに違《ちが》いないと感じた孫《まご》の作品《さくひん》の中に、自分のまずい一節《ひとふし》をはさみ込むという、きわめて罪《つみ》のない楽《たの》しみを、おさえることができなかったのである。けれども、今から想像《そうぞう》される孫《まご》の光栄《こうえい》に一しょに加わりたいというその願《ねが》いは、ごくつつましい哀《あわ》れなものだった。彼は自分が全《まった》く死にうせてしまわないようにと、自分の思想《しそう》の一片《いっぺん》を自分の名もつけずに残しておくだけで、満足《まんぞく》していたのである。――クリストフは、ひどく感動《かんどう》して、老人《ろうじん》の顔にやたらに接吻《せっぷん》した。老人はさらに心を動かされて、彼の頭《あたま》を抱きしめた。
「ねえ、思《おも》い出《だ》してくれるね。これから、お前が立派《りっぱ》な音楽家《おんがくか》になり、えらい芸術家《げいじゅつか》になって、一家の光栄《こうえい》、芸術の光栄、祖国《そこく》の光栄《こうえい》となった時、お前が有名になった時、その時になって、思い出してくれるだろうね、お前《まえ》を最初《さいしょ》に見出し、お前の将来《しょうらい》を予言《よげん》したのは、この年《とし》とったお祖父《じい》さんだったということをね……」

 その日《ひ》以来《いらい》、クリストフはもう作曲家《さっきょくか》になったのだったから、作曲《さっきょく》にとりかかった。まだ字《じ》を書《か》くことさえよく出来《でき》ないうちから、家計簿《かけいぼ》の紙《かみ》をちぎりとっては、いろいろな音符《おんぷ》を一|生懸命《しょうけんめい》書《か》きちらした。けれども、自分《じぶん》がどんなことを考えているかそれを知《し》るために、そしてそれをはっきり書《か》きあらわすために、あまり骨折《ほねお》っていたので、ついには、何か考《かんが》えてみようとするだけで、もう何も考えなくなってしまった。それでも彼は、やはり楽句《がっく》([#ここから割り注
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