かったのだと考えた。しかし実は、情緒的な場面を彼女は本能的に恐れていた。たがいの愛情が不意に起こってくるのを避けようとしていた。かつはまた、自分の内心の動揺の貞節さを失わないために、旅館の客間の中で不自由な親しみを結ぶのを好んでいた。
二人はしばしば口をつぐみながらも低い声で、自分の生活のおもな出来事を語り合った。ベレニー伯爵《はくしゃく》は数か月前ある決闘で殺されたのだった。クリストフは彼女が伯爵といっしょにいてあまり幸福でなかったことを悟った。彼女はまたその長子にも死なれたのだった。彼女は少しも苦しみを訴えなかった。話を自分のことからそらして、クリストフの身の上を尋ねた。そして彼の苦難の物語に、やさしい同情を示してくれた。
諸方の鐘が鳴った。日曜の晩だった。生活は休止していた……。
彼女は彼に翌々日また来てくれと言った。つぎの再会を彼女があまり急いでいないのが彼には辛《つら》かった。彼の心のうちには幸福と悩みとが交じり合った。
翌日彼女はある口実のもとに、彼へ来てくれと手紙を書いた。その平凡な文句にも彼は非常に喜んだ。彼女はこんどは自分だけの客間に彼を招じた。彼女は二人の子
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