て逃げ出した。
その晩彼は旅館へ行った。彼女はガラス張りの外縁《ヴェランダ》にいた。二人は目だたぬ片隅《かたすみ》にすわった。他に人は少なく、二、三の老人がいるばかりだった。それにたいしてまでクリストフは内々いらだった。グラチアは彼をながめた。彼は彼女をながめながら、その名前を小声で繰り返した。
「私はたいへん変わりましたでしょう。」と彼女は言った。
彼の心は感動でいっぱいになってしまった。
「あなたは苦しまれましたね。」と彼は言った。
「あなたもそうでしょう。」と彼女は、苦悶《くもん》と情熱とに害された彼の顔をながめながら、憐《あわ》れみの様子で言った。
二人はもうそれ以上言葉が見つからなかった。
「ねえ、他の所へ参りましょう。」と彼はちょっとたってから言った。「二人きりの場所でお話しすることはできないんでしょうか。」
「いえ、ここにいましょうよ。これでけっこうですわ。だれが私たちに注意するものですか。」
「私は自由に話せません。」
「そのほうがよろしいのです。」
彼にはその理由がわからなかった。あとになって彼は、その会談を頭の中でくり返してみたとき、彼女が自分を信頼していな
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