その霊妙なる才能のうちに存している。――真実よ、汝を所有してる人々の上に、汝の強健さの魔法の息吹《いぶ》きを広げる、汝真実よ!……

 クリストフはそれらの言葉を聞いたとき、それを自分の声の反響かと思った。そして彼らと自分とは兄弟であることを感じた。国民や観念の闘争の偶然性のために、他日敵味方となって混戦中に投ぜられるかもしれないが、しかし味方となろうとも敵となろうとも、常に同系の人間であったし、いつまでも同系の人間であるだろう。そのことを彼らは彼と同様に知っていた。彼よりも以前に知っていた。彼が彼らを知る前に、彼は彼らから知られていた。というのは、彼らはすでにオリヴィエの仲間であったから。クリストフは、パリーではごく少数の人からしか読まれていない友の作品が――(数冊の詩集と論文集)――それらのイタリー人たちから翻訳されて、彼らにも親しいものとなってるのを、見出したのだった。
 その後彼は、それらの人々の魂とオリヴィエの魂とを隔ててる越えがたい距離を、見出さざるを得なかった。他人を批判する態度においては、彼らはどこまでもイタリー人であって、己《おの》が人種の思想の中に深く根をおろしていた。要するに、彼らが他国人の作品中に誠意をもって深く求めてるところのものは、彼らの国民的本能が見出したがってるものをばかりであった。往々にして彼らは、知らず知らず自分が插入《そうにゅう》したものをばかり取り上げていた。凡庸な批評家であり拙劣な心理家である彼らは、あまりに融通がきかなくて、真実にたいしてもっとも心を寄せてるときでさえも、自己と自己の熱情とでいっぱいになっていた。元来イタリーの理想主義はおのれを忘れることができない。北方の無我的な夢想に少しも興味を覚えない。自己に、自己の願望に、自己の民族的自負心に、すべてのものをもちきたして、それを変形させてしまう。意識的にもしくは無意識的に、常に第三ローマ[#「第三ローマ」に傍点]のために働いている。ただ数世紀の間、その実現のために大して骨折りはしなかったばかりである。実行に適してるそれらのみごとなイタリー人らは、ただ熱情によって行動するばかりで、すぐに行動に飽いてしまう。しかし熱情の風が吹くときには、彼らはいかなる他の民衆よりも高く吹き上げられる。その実例としては彼らの文芸復興[#「文芸復興」に傍点]を見るがよい。――そういう強風の一つが、各派のイタリー青年の上に吹き始めていた。国家主義者、社会主義者、新カトリック主義者、自由理想主義者など、すべて希望と意欲とをまげないイタリー人の上に、世界の主たるローマ市の市民の上に、吹き始めていた。
 最初クリストフは、彼らの勇ましい熱誠と彼を彼らに結びつける共通の反感とを見てとったばかりだった。社交界にたいする蔑視《べっし》の念において、彼らは彼と意見が合わずにはいなかった。彼はグラチアが社交界を好んでるという理由で、それにたいして恨みを含んでいた。が彼らは彼よりもいっそう憎んでいた、社交界の用心深い精神を、無情無感覚を、妥協と道化とを、中途半端な物の言い方を、首鼠《しゅそ》両端の思想を、あらゆる可能のうちの何一つをも選択せずに、中間を巧妙に往来する態度を。彼らは強健な独学者であって、あらゆる材料からでき上がっており、おのれをみがき上げるだけの手段も隙《ひま》もなかったので、生来の粗暴さと荒削りの田舎者[#「田舎者」に傍点]めいたやや辛辣《しんらつ》な調子とを、好んで大袈裟《おおげさ》に現わしていた。彼らは人から聞かれたがっていた。人から攻撃されたがっていた。看過されるよりむしろどんなことでもされたがっていた。自分の民族の元気を眼覚《めざ》めさせんがためには、その最初の犠牲者となることを喜んで承諾するに違いなかった。
 当座の間彼らは、人から好まれてはいなかったし、好まれようとつとめてもいなかった。クリストフは新しい友人らのことをグラチアに話してみたが、あまりいい結果は得られなかった。適度と平和とを愛する性質の彼女には、彼らは気に入らなかった。そして彼らはそのもっともよい主旨を主張する場合にも時として人の反感を招くような方法をもってする、という彼女の意見はまさしく至当だった。彼らは皮肉で攻撃的であって、相手の気持を害するつもりでないときでさえ、侮辱に近い苛酷《かこく》な批評をくだすのだった。あまりに自信の念が強く、概括と強い肯定とにあまり急いでいた。十分の発育を遂げないうちに公の活動にはいったので、いつも同じ偏執さで一つの熱狂から他の熱狂へと移っていた。熱中的に生真面目《きまじめ》であって、自己の全部をささげつくし、何物をも節約しなかったので、過度の理知と尚早な狂的な勤労とのために憔悴《しょうすい》していた。莢《さや》から出たばかりで生々しい日の光に当たる
前へ 次へ
全85ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング