うちに同じような悩みがあるのを察したし、彼は彼女の悲しみを見てとった。二人はそれをたがいに打ち明けはしなかったが、それを共通のものにした。その後彼女は、母とクリストフとを結びつけてる感情に気がついた。彼らは彼女に秘密を知らせはしなかったが、彼女は自分もその秘密の仲間であるように思った。そして彼女は、グラチアから臨終のおりに頼まれた使命の意味を知っていたし、今はクリストフの手にはまってる指輪の意味をも知っていた。かくて彼女と彼との間にはひそかな関係が存在していた。彼女はそれをはっきり理解しないでも、その複雑な意味を感ずることができた。彼女は心から彼に愛着していた。ただ彼の作品をひいたり読んだりするだけの努力は、かつてなし得なかった。かなりりっぱな音楽の才をもってはいたが、自分にささげられた楽譜のページを切るだけの好奇心さえなかった。彼女は彼と親しく話をしに来ることが好きだった。――彼のところでジョルジュ・ジャンナンに会えることを知ると、いっそうしばしばやって来た。
 そしてジョルジュのほうでも、クリストフのところへ出入りすることを、今までになく楽しみとし始めた。
 それでも、二人の若者はたがいのほんとうの感情に急には気づかなかった。二人は初め嘲《あざけ》り気味の眼つきで見合った。二人はたがいにあまり似寄っていなかった。一方は水銀であり、一方は眠ってる水だった。しかし長くたたないうちに、水銀はもっと穏やかなふうをしようとし、眠ってる水は眼を覚ましてきた。ジョルジュはオーロラの身装《みなり》やイタリー趣味を非難した――細やかな色合いのやや乏しいこと、けばけばしい色彩を好むことなど。オーロラは揶揄《やゆ》するのが好きで、ジョルジュの性急なやや気取った話し振りを、面白そうに真似《まね》てみせた。そしてたがいに嘲りながら二人はうれしがっていた……。でもそれは嘲笑《ちょうしょう》だったろうか、あるいは談話だったろうか? 二人は相手の欠点をクリストフに話すことさえあった。するとクリストフはそれに反対を唱えないで、意地悪にも小さな矢の取次をした。二人はそれを気にかけないふうをした。しかし実はどちらもひどく気にかけてることがわかった。二人は自分の憤懣《ふんまん》を隠すことができないで、ことにジョルジュはそうで、つぎに出会うとすぐに激しい小競合《こぜりあ》いをやった。しかし軽い傷しかつかなかった。たがいに相手を害するのを恐れていた。そして攻撃してくるのはいかにも親愛な手だったので、相手に与える打撃よりも相手から受ける打撃のほうをうれしがった。二人は物珍しげに観察し合って、相手の欠点を捜しながらもその欠点に心ひかれていた。しかしそうだとは認めたがらなかった。どちらも、クリストフと二人きりになると相手を我慢のならない人物だと言い張っていた。それでもやはり、クリストフが二人を会わしてくれる機会をのがさずに利用していた。
 ある日オーロラはクリストフのところに来ていて、つぎの日曜の午前にまた来ると言っていた。――そこへジョルジュが、例のとおり風のように飛び込んできて、つぎの日曜の午後に来るとクリストフに告げた。その日曜の午前中、クリストフはオーロラから無駄《むだ》に待たされてた。ジョルジュが指定した時間になって、彼女はようやくやって来ながら、もっと早く来るはずだったのを邪魔されたと詫《わ》びた。かわいい口実をこしらえていた。クリストフは彼女の罪のない策略を面白がって、彼女へ言った。
「それは残念だった。ジョルジュに会えるところだったのに。ジョルジュが来て私たちはいっしょに昼飯を食べたよ。彼は午後まで残ってることができなかったんだよ。」
 オーロラはがっかりして、もうクリストフの言葉に耳を貸しもしなかった。クリストフは上機嫌《じょうきげん》に話をした。彼女は気のない返辞ばかりしていた。クリストフを恨めしく思いがちだった。そこへ呼鈴が鳴った。それはジョルジュだった。オーロラはびっくりした。クリストフは笑いながら彼女をながめた。彼女は彼からからかわれたことを悟った。笑って顔を赤めた。彼は意地悪く指先で彼女を嚇《おど》かした。不意に彼女は情にかられて彼のところへ駆け寄って抱擁した。彼はその耳にイタリー語でささやいた。
「お茶目、曲者《くせもの》、お転婆《てんば》……。」
 すると彼女は彼を黙らせるために、彼の口へ手を押し当てた。
 ジョルジュにはそれらの笑いや抱擁の訳が少しもわからなかった。彼の驚いたやや焦《じ》れったげな様子に、二人はなお愉快になった。
 かように、クリストフは二人の若者を接近させようとしていた。そしてそれに成功したときには、みずから自分を責めたい気になった。彼は二人を同じように愛していた。しかしジョルジュのほうをきびしく批判して、その弱点を知り
前へ 次へ
全85ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング