毒だ。彼らは中途に止まって無精らしくすわりこむ。ふたたび立ち上がってみても、足がしびれて歩けないだろう。ためになる敵こそありがたいものだ。僕は生涯《しょうがい》のうちで、害になる友からよりも彼らからいっそう多くの益を受けてきた。」
エマニュエルはみずから微笑を禁じ得なかった。それから言った。
「それでもやはり、あなたのような老練兵が、初めて戦いに臨んだばかりの新兵どもに指図《さしず》されるのは、嫌《いや》なことだとは思いませんか。」
「僕には彼らが面白い。」とクリストフは言った。「そういう横柄さは、自己を押し広げたがってる若い沸《わ》きたった血のしるしだ。僕も昔はそうだった。それは生き返ってくる大地にそそぐ春雨である……。われわれに指図をするがいいさ。結局彼らのほうが道理だ。老人は若者の学校にはいるがいいのだ。彼らはわれわれから利益を受けてきて、忘恩者ではあるが、それは物の順序だ……。そして彼らはわれわれの努力を取って豊かになっていて、われわれよりいっそう遠くへ進み、われわれが試みたことを実現するんだ。もしわれわれになお多少の若さが残っていたら、われわれもまたよく学んで、自己を革新することに努めたいものである。もしそれができないならば、あまりに老いすぎているならば、彼らのうちに自分自身をながめて楽しみたいものである。枯渇したように見える人間の魂がいつもまた花を咲かせるのは、見ても美しいことだ。それらの青年の強健な楽天観、彼らの冒険的行動の喜び、世界の征服のためによみがえるそれらの民族、それは見ても美しいものだ。」
「けれど、もしわれわれがいなかったら、彼らはどうなったでしょうか。そういう喜びはわれわれの涙から出て来たものです。そういう高慢な力は、一つの時代の苦悩から咲き出したものです。かく汝働けどもそれは汝のためにあらず[#「かく汝働けどもそれは汝のためにあらず」に傍点]です……。」
「その古い言葉は誤っている。われわれを通り越すような一時代の人間を造り上げながら、われわれはわれわれ自身のために働いたのだ。われわれは彼らの宝を積み上げてやり、四方から風の吹き込む締まりの悪い破れ家の中でそれを護《まも》ってやった。死をはいらせないようにと自分の身で扉《とびら》をささえねばならなかった。そして子供たちの進むべき勝利の道をわれわれの腕で開いてやった。そのわれわれの労苦は未来を救い上げた。われわれは約束の土地[#「約束の土地」に傍点]の入り口まで方舟[#「方舟」に傍点]を導いてきた。方舟《はこぶね》はその土地へ、彼らとともにそしてわれわれの力によってはいってゆくだろう。」
「でも彼らは、神聖なる火や、わが民族の神々や、今は大人《おとな》となってるがその当時子供だった彼らを、背に負いながら沙漠《さばく》を横切ってきたわれわれのことを、思い出してくれるでしょうか? われわれは艱苦《かんく》と忘恩とを受けてきたではありませんか。」
「それを君は遺憾に思ってるのか。」
「いいえ。われわれの時代のように、自分の産み出した時代の犠牲となる力強い一時代の悲壮な偉大さは、それを感ずる者をして恍惚《こうこつ》たらしむるほどです。現今の人々は、忍従の崇高な喜びをもはや味わうことはできないでしょう。」
「われわれはもっとも幸福だったのだ。われわれはネボの山によじ登ったのだ。山の麓《ふもと》にはわれわれのはいり込まない地方が広がっている。しかしわれわれはそこにはいり込む人々よりもいっそうよくその景色を享楽している。平野の中に降りてゆくと、その平野の広大さと遠い地平線とは見えなくなるものだ。」
クリストフはジョルジュとエマニュエルとに平和な感化を及ぼしていたが、その力は、グラチアの愛の中から汲《く》み取っていた。その愛のために彼は、すべて若々しい者に結びついてる心地がし、生のあらゆる新しい形式にたいして、けっして鈍らない同情をいだかせられた。大地をよみがえらしてる力がどんなものであろうとも、彼は常にその力とともにいて、それが自分と反対のものであるときでさえそうだった。少数の特権者の利己心に悲鳴をあげさしてるそれらの民主主義が、近く主権を占めることにたいしても、彼は恐れの念をいだきはしなかった。年老いた芸術の念珠《ねんじゅ》に必死とすがりつきはしなかった。架空な幻像から、科学と行動との実現された夢想から、前のものよりもいっそう力強い芸術がほとばしり出るのを、確信をもって待ち受けていた。たとい旧世界の美が自分とともに滅びようとも、世界の新しい曙《あけぼの》のほうを祝福したかった。
グラチアは自分の愛がクリストフのためになることを知っていた。自分の力を意識して自分以上の高い所へ上っていた。彼女は手紙によってある程度まで友を支配していた。それでも芸術上の指導ま
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