たいて自分の妙薬を述べたてながら、確信を求むる一徹な苦しい大望を利用していた。それらのヒポクラテスの連中は各自に、掛小屋の上から、自分のエリキシルだけがよくきく薬であると喚《わめ》きたて、他のエリキシルをみなけなしつけていた。しかし彼らの秘薬はみな同じようなものだった。それらの薬売りのだれも新しい処方を見出そうと骨折ってはいなかった。彼らは引き出しの底に種々の気のぬけた薬|壜《びん》を捜していた。ある者の万能薬はカトリック教会であった。ある者のは正統王朝であった。ある者のは古典的伝統であった。万能の薬はラテンに復帰することにあると言ってる面白い者どももいた。衆愚を欺くような大言壮語を放って、地中海的精神の主権を本気で説いている者らもいた。(彼らはまた他の時期には大西洋的精神などを説き出したに違いない。)北方と東方との野蛮人に対抗して、彼らは堂々と新ローマ帝国の継承者をもって任じていた……。そしてみな言葉ばかりであり、借り来たった言葉ばかりであった。図書館の蔵書全部を風に吹き散らしていた。――年若いジャンナンは、同輩らが皆なしてるように、一の商人から他の商人のほうへと移り歩き、その大法螺《おおぼら》に耳を傾け、時とするとそれに気をひかれて、小屋の中へはいってゆくこともあった。そしてはいつも失望して出て来た。擦《す》りきれた襦袢《じゅばん》をつけてる古い道化《どうけ》役者を見るために、金と時間とを費やしたことが多少恥ずかしかった。それでも、青春の幻想の力は非常に大きいものであり、また確信に到達せんとする信念は非常に大きかったので、新たな希望の売り手の新たな口上を聞くと、彼はすぐにそのほうへひきつけられた。彼はいかにもフランス人だった。不平がちな気質と先天的に秩序を好む心とをそなえていた。彼には一の主長が必要だった。しかも彼はいかなる主長にも我慢できなかった。彼の用捨なき皮肉はあらゆる主長を見通しにした。
 彼は謎《なぞ》を解く言葉を教えてくれる主長を一人待ち望みながら……待つだけの隙《ひま》をもたなかった。彼は父親のように一生涯真理を求めることに満足する人間ではなかった。彼の若々しい短気な力は消費されたがっていた。動機があろうとあるまいと彼は決断したがっていた。行動して自分の精力を使い果たしたかった。旅行や芸術鑑賞や、ことに彼が腹いっぱいつめ込んだ音楽は、初めのうち彼にとって間歇《かんけつ》的な熱烈な娯楽となった。誘惑に陥りやすい早熟な美少年の彼は、外見の美《うる》わしい恋愛の世界を早くから見出して、詩的な貪婪《どんらん》な喜びに駆られながらそこへ飛び込んでいった、それから、手におえないほど率直で飽くことを知らないこの天使も、女には嫌気《いやけ》がさしてきた。彼には活動が必要だった。そこで彼は猛然と運動《スポーツ》に熱中しだした。あらゆる運動を試みあらゆる運動を行なった。撃剣の試合や拳闘《けんとう》の競技に熱心に通った。徒歩競走と高跳《たかとび》とではフランスの代表選手となり、あるフットボールの団長となった。金持ちで向こう見ずな同類の若い運動狂たちといっしょに、馬鹿げた狂気じみた自動車の競走で、ほんとうの命がけの競走で、大胆さを競った。そして終わりには、新たな玩具《がんぐ》のためにすべてを放擲《ほうてき》した。飛行機にたいする世人の熱狂にかぶれた。フランスで行なわれた飛行祭のときには、三十万の群集とともに絶叫したりうれし泣きしたりした。信念をこめた愉悦のうちに全民衆と合体してる心地がした。上空を飛び過ぎる人間の鳥どもは、彼らの心を飛行のうちに巻き込んでいった。大革命の曙《あけぼの》以来初めて、それらの密集してる人々は空のほうへ眼をあげて、空が開けるのを見たのだった……。――若いジャンナンは空中征服者らの仲間にはいりたいと言い出して、母親を驚き恐れさした。そんな危険な野心は捨ててくれとジャックリーヌは懇願した。捨てるようにと命令した。しかし彼は意志を曲げなかった。ジャックリーヌが自分の味方だと思ったクリストフも、慎重にするようにと少し忠告したばかりだった。彼はジョルジュがけっして自分の忠告に従わないことを信じていた。(彼自身ジョルジュの地位にあったらやはりそれに従わなかったであろう。)若々しい力は無活動を強《し》いらるると自分自身を破壊するほうへ向いてくるものであるから、その健全な尋常な働きを束縛することは、たといできてもなすべきことではない、と彼は考えていた。
 ジャックリーヌは息子《むすこ》が自分の手から逃げ出すのを、あきらめることができなかった。ほんとうに愛を捨ててしまったといくら考えても、愛の幻なしには済ますことができなかった。彼女のあらゆる感情とあらゆる行ないは、みなその色に染められていた。世の多くの母親は、結婚において―
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