っていた彼女は、拒みながらもいつしか知らず知らずに、その若いイタリーを理解するところまで引き入れられてしまった。
しかしこの魂の相互接触の恩恵は、ことに多くクリストフのためになった。人がしばしば見てとるとおり、愛においては弱い者のほうがより多く与える。それは強い者のほうが少なく愛するからではない。強いほどますます多く取ることを要するからである。かくてクリストフは、すでにオリヴィエの精神によって富まされていた。しかしこんどの新しい神秘な結合は、それよりもさらに豊饒《ほうじょう》であった。というのは、オリヴィエがかつて所有しなかったまれな宝を、喜悦を、グラチアは彼にもたらしたのだった。魂と眼との喜悦を、光明を。このラテンの空の微笑みは、ごく賤《いや》しいものの醜さをも包み込み、古い壁の石にも花を咲かせ、悲しみにさえもその静穏な光輝を伝えるのである。
彼女の伴《とも》としてはちょうど初春があった。新生の夢が、よどんだなま温かい空気の中に醸《かも》されていた。若緑が銀灰色の橄欖樹《オリーヴ》と交じり合っていた。溝渠《こうきょ》の廃址《はいし》の赤黒い迫持《せりもち》の下には白巴旦杏《しろはたんきょう》が咲いていた。よみがえったローマ平野の中には、草の波と揚々たる罌粟《けし》の炎とがうねっていた。別墅《べっしょ》の芝生《しばふ》の上には、紫のアネモネの小川と菫《すみれ》の池とが流れていた。日傘《ひがさ》のような松のまわりには藤がからんでいた。そして都会の上を吹き過ぎる風は、パラチーノ丘の薔薇《ばら》の香りをもたらしていた。
二人はいっしょに散歩した。彼女は幾時間も東洋婦人めいた惘然《ぼうぜん》さのうちに沈み込んでいたが、それから脱することを承諾したときには、まったく別人になっていた。彼女は歩くのを好んだ。背が高く足が長くて、丈夫なしなやかな体躯《たいく》の彼女は、プリマチキオのディアナの姿に似ていた。――一七〇〇年代の燦然《さんぜん》たるローマがピエモンテの野蛮の波に沈んでしまった、あの難破の残留物とも言うべき別墅の一つに、二人はもっとも多くやって行った。ことに彼らはマテイの別墅を好んでいた。それは古代ローマの岬《みさき》とも言うべきもので、寂然《じゃくねん》たるローマ平野の波の末がその足下で消えていた。二人はよく樫《かし》の並木道を歩いた。並木の奥深い丸天井の中には、
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