―また結婚以外において――費消しきれなかったひそかな情熱を、息子の上に投げかくるものである。そしてあとになって、息子が母親なしにいかにやすやすと済ましてゆけるかを見るとき、息子が母親を必要としていないことを突然了解するとき、彼女らは恋人の裏切りや愛の幻滅に会ったときと同種類の危機にさしかかるのである。――それはジャックリーヌにとっては新たな破滅だった。ジョルジュはそのことを少しも気づかなかった。若い者たちは周囲に展開されてる心の悲劇を夢にも知らない。彼らには立ち止まって見るだけの隙《ひま》がない。彼らは利己的な本能に駆られて、傍目《わきめ》も振らずに直進したがる。
ジャックリーヌはその新たな苦悶《くもん》を一人で嘗《な》めた。それから脱したのは苦悶が鈍ってきたときにであった。しかも苦悶は愛とともに鈍ってきた。彼女はやはり息子を愛していたが、自分を無益なものだと知って自分自身にも息子にも無関心になってる、悟りすました遠い情愛をもって愛してるのだった。ジョルジュのほうでは気にも止めなかったが、彼女はかくて沈鬱《ちんうつ》な惨めな年を送った。それから、彼女の不運な心は愛なしでは死にも生きもできなかったので、愛の対象を一つこしらえ出さずにはいられなかった。彼女は不思議な情熱にとらえられた。中年になってもなお生の美しい果実が摘み取られないときに、しばしば女の魂を訪れる情熱であり、ことにもっとも高尚なもっとも近づきがたい魂を訪れるかの観がある情熱である。すなわち彼女はある婦人と知り合いになって、初めて出会ったときからすでに、その婦人の不可思議な魅力にひきつけられてしまった。
それは彼女とほぼ同じ年配の尼僧だった。慈善事業に従事していた。背が高く強壮でやや肥満していて、褐色《かっしょく》の髪、きっぱりした美しい顔だち、鋭い眼、いつも微笑《ほほえ》んでる大きな薄い口、意志の強そうな頤《あご》。際《きわ》立って才知にすぐれ、少しも感傷的ではなかった。田舎《いなか》女みたいな狡猾《こうかつ》さをもち、的確な事務的能力をそなえ、その能力に添ってる南方人的な想像力は、物事を大袈裟《おおげさ》に見るのを好んでいたが、しかし必要な場合には、正確な尺度で見ることも同時にできるのだった。高遠な神秘主義と老公証人めいた策略とが、小気味よく混じり合ってる性質だった。彼女は人を支配する習癖をもってい
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