っぱいになり、それを彼女に言うのが翌日まで待てないような晩には、彼女に手紙で書き贈った。
 ――愛《いと》しき愛しき愛しき愛しきグラチアよ……。
 そういう平安が数か月つづいた。二人はそれが永久につづくものだと思っていた。子供は二人のことを忘れてしまってるかのようだった。彼の注意は他にひかれていた。しかしその猶予のあとに、彼はまた二人のほうへもどってきてもう二人から離れなかった。この呪《のろ》うべき子供は母をクリストフから引き離そうと考えていた。彼はまた例の芝居をやり始めた。前もって一定の計画をたてはしなかった。その日その日の意地悪な出来心に従った。そして自分がどんな害悪を行なってるかは少しも知らなかった。他人を困らせながら自分の退屈晴らしをしようとしていた。母がパリーから立ち去ることを、母といっしょに遠くへ旅することを、たえずせがんだ。グラチアは彼に逆らうだけの力がなかった。その上医者たちからはエジプトに行けと勧められていた。北方の気候でこの冬を送ることは避けなければいけなかった。あまりいろんな打撃を受けすぎていた。最近数年間の精神感動、息子《むすこ》の健康状態にたいする絶えざる心配、長い間の不安定な心、少しも外に現わさないでいる内心の戦い、友の心を悲しませてるという悲しみなど。クリストフは彼女が苦しんでるのを察して、その苦しみをさらに募らせないようにと、別離の日が近づくのを見て自分が感じてる苦しみを、彼女には隠しておいた。彼はその日を遅らせようとは少しもしなかった。そして二人はどちらも平静を装った。二人とも平静さをもってはいなかったが、それをたがいに伝えることはできた。
 ついにその日が来た。九月のある朝だった。二人は七月の半ばにパリーを発《た》って、残ってる最後の数週間を、アンガディーヌでいっしょに過ごした。それは二人がめぐり会った場所の近くで、もうあれから六年になるのだった。
 五日前から二人は外に出られなかった。雨がしきりなしに降りつづいた。旅館に残ってるのはほとんど彼らきりだった。旅客はたいてい逃げ出してしまっていた。その最後の日の朝になって、雨はようやく降りやんだ。しかし山はまだ雲に包まれていた。子供たちは召使たちといっしょに第一の馬車で先に出かけた。つぎに彼女も出発した。イタリー平野のほうへ羊腸たる急な下り道となってる所まで、彼は見送っていった。馬車
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