を、知っていた。彼女はリオネロの欺瞞《ぎまん》に欺かれてはいないが、それでもやはりリオネロを鍾愛《しょうあい》してるということを知っていた。そういう家庭的情愛の盲目な利己心を、彼は知っていた。その情愛のために、一家のうちでもっともすぐれた人々は、邪悪なあるいは凡庸な血縁の者のために、献身の全量を使い果たしてしまい、したがって、その献身を受くるにもっともふさわしく、彼らがもっとも愛してはいるが、しかし彼らと同じ血統でない人々に向かっては、もはや与うべきものが何も残らないのである。そしてクリストフは、そのために憤りを感じはしたが、また時としては、二人の生活を破壊してる小さな怪物を殺したくなることもあったが、やはり黙って忍従して、グラチアが他に取るべき道のないことを理解するのだった。
そして彼らは二人とも、無駄な逆らいをせずにあきらめていた。しかし彼らに当然なその幸福を人は盗むことができても、彼らの心が結合するのを何物も妨げることはできなかった。諦《あきら》めそのものが、共同の犠牲が、肉体の結合よりもいっそう深く二人を結びつけていた。二人はたがいに自分の悩みを相手に打ち明け、それを相手にになわせて、その代わり相手の悩みを身に引き受けていた。かくて苦しみも喜びとなった。クリストフはグラチアを「自分の聴罪師」と呼んでいた。自尊心が傷つけられるような弱点をも彼女には隠さなかった。極度の悔悟の念で弱点を自責した。すると彼女は微笑《ほほえ》みながら、その老お坊っちゃんの謹直な懸念を和らげてくれた。彼は物質上の困窮までも彼女に白状した。けれどそれまでに至るには、彼女は何も提供せず彼は何も受けないということが、二人の間にきめられてからであった。それは彼が維持し彼女が侵さない最後の自尊の垣根《かきね》だった。彼女は彼の生活に安楽を与えることが禁じられていたから、彼にとってはそれよりはるかに貴重なものを、すなわち彼女の情愛を、彼の生活のうちに広げようとくふうした。そして彼は彼女の情愛の息吹《いぶ》きを、いかなるときにも自分の周囲に感じた。朝に眼を開くときにも、晩に眼を閉じるときにも、彼はかならず恋しい憧憬《どうけい》の無言の祈りをささげた。そして彼女のほうでは、眼を覚《さ》ますとき、またはしばしば夜中に幾時間も眠れないようなとき、いつもこう考えた。
――あの人が私のことを思っていてくれ
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