らく軽蔑《けいべつ》したろうがしかもまた愛してきた女の、その夫にたいする追憶の念も加わってくる。それは実に、人の識域下の薄暗いなま温かい温室の中に萌《も》え出る、魂の麻酔的な花である。
グラチアは二人の子供に平等に愛情を注ごうと注意していたけれど、オーロラはその愛情の差を感じて、いくらか苦しんでいた。クリストフは彼女の心を察し、彼女はクリストフの心を察していた。そして二人は本能的に接近していった。それに反して、クリストフとリオネロとの間には一つの反感があった。それを子供のほうでは、舌ったるいかわいげな様子を誇張して包み隠していたし、クリストフのほうでは、恥ずべき感情としてみずからしりぞけていた。彼は強《し》いて自分を押えつけた。愛する女の子としてその子をもつことが非常に楽しいことででもあるかのように、その他人の子をかわいがろうとつとめた。リオネロの悪い性質を、「あの男」を思い出させるようなものを、すべて認めたくなかった。リオネロのうちにグラチアの魂だけを見出そうと骨折った。しかるにグラチアはクリストフよりいっそう明敏だったから、息子の上になんらの幻をもうち立ててはいなかった。そしてはますます息子を愛するばかりだった。
そのうち、数年来リオネロのうちにきざしかけた病気が突然発した。結核病が現われた。グラチアは彼とともにアルプス山中の療養院へ行こうと決心した。クリストフは同行を求めた。彼女は世評を慮《おもんぱか》ってそれを断わった。彼は彼女がひどく因襲を重んじてるのがつらかった。
彼女は出発した。娘はコレットのところに残していった。そして、人間の屑《くず》どもの上に平然たる顔をそばだててる非情な自然の中にはいり、自分の病苦のことばかり言ってる病人らの間に交わると、彼女はやがて恐ろしく孤独な心地がした。それらの不幸な人々は、手に痰壺《たんつぼ》をもって、たがいに様子を窺《うかが》いながら、相手のうちに死期の迫るのを見守っていた。そういう悲しい光景をのがれるために、彼女はパラースの病院を去り、小さな山荘を一つ借りて、そこに病気の子供と二人きりで住んだ。リオネロの容態はよくなるどころか、高地のためにかえって重くなった。熱がいっそう高まった。グラチアは心痛のうちに夜々を過ごした。クリストフは彼女からなんらの知らせも受けなかったけれど、鋭くなった直覚力で遠くからそれを感じ
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