フは友の美しい顔をしげしげと見守った。そしてそこに過去と未来との多くのものを読みとった。多年の間旅をしてあまり口をきかず多くながめて一人で暮らしてるうちに、観相の術を、長い時代をへてでき上がった豊富複雑な言語を、彼は習得したのだった。それは口に話される言語よりもはるかに複雑なものであって、種族がおのれを表現するのはその言語においてである……。ある顔だちの線とその口に上る言葉との間の不断の対照。たとえばある若い女の横顔は、さっぱりした輪郭をし、やや冷やかでバーン・ジョーンズ式で、悲壮味があり、あるひそかな熱情に、ある嫉妬《しっと》に、あるシェイクスピア風の苦悶《くもん》にさいなまれてるかのようである……。しかるに口をきくときには、ちっぽけな中流婦人であり、馬鹿げきった者であり、凡庸な嬌態《きょうたい》と利己心とを現わし、自分の肉体に印刻されてる恐ろしい力にたいしては、なんらの観念をももっていない。それでも、その情熱は、その暴慢な力は、彼女のうちにある。他日いかなる形でそれが現われるだろうか。辛辣《しんらつ》な利得心か夫婦間の嫉妬かりっぱな精力か、それとも病的な悪意なのか? だれにもわかるものではない。あるいはまた、それは爆発の時が来ない前に、血縁の者へ伝えられてしまうかもしれない。しかしこの成分こそ、宿命のように種族の上を翔《かけ》ってるものである。
グラチアもまた、古い家庭の世襲財産のうちでもっとも中途で分散しがたい、そういう混濁した遺産の重荷をもっていた。彼女は少なくともその遺産がどういうものであるかを知っていた。自分の弱点を知っていて、人を結びつけ人を船のように運び去る種族の魂の、支配者とはならないまでも、せめて水先案内者となることは――宿命を自分の道具となして、風に従ってあるいは張りあるいはたたむ帆のように、それを使いこなすことは、一つの大なる力である。グラチアは眼を閉じると覚えのある音色の不安な声を、一つならず自分のうちに聞きとるのだった。しかし彼女の健全な魂の中では、不調和な種々の声音もたがいに融《と》け合ってしまっていた。そして彼女のなごやかな理性に制せられて、一つの深い滑《なめ》らかな音楽となっていた。
不幸にも、われわれの血潮のもっともよきものを血縁の者に伝えることは、われわれの思いどおりになるものではない。
グラチアの二人の子供のうちで、女
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