抗しないかとみずから責めた。時とすると、彼に知らせないようにして、ほんとうの献身的な行ないを彼のためにすることもあった。しかし結局のところ天性は彼女自身の力よりも強かった。そのうえ彼女は、クリストフから命令的な様子をされるのを許し得なかった。そして、一、二度、自分の独立を肯定するために、彼の望みに反することをもなした。そのあとで彼女は後悔した。夜になると、彼をもっと楽しくさしてやらないことが心苦しくなった。彼女は実際様子に示すよりもずっと多く彼を愛していた。彼との友誼《ゆうぎ》は自分の生活のもっともよい部分であることを感じていた。ごく性質の異なった二人の者が愛し合うときによく起こるとおり、彼らはいっしょにいないときにもっともよく結ばれていた。実を言えば、たがいによく理解しなかったために二人の運命が別々のものとなったのも、クリストフがすなおに考えているように、その罪は全部クリストフにあるのではなかった。グラチアは昔クリストフをもっとも深く愛していたときでさえ、彼と結婚しただろうか? おそらく自分の一生を彼にささげはしたろう。しかし彼とともに一生暮らすことを承諾したろうか? 彼女は自分の夫を愛してきたこと、いろいろひどい目に会わされたあとの今日でもなお、クリストフにたいするのとは違った愛し方をしてること、それをみずから知っていた(クリストフへは打ち明けることを差し控えていたが)……。それはあまり誇りにはならない、心の秘密であり身体の秘密である。そして自分の親愛な人々に向かっては、自分自身にたいする甘い憐《あわ》れみの念とともにまた彼らにたいする尊敬の念から、人はそれを隠すものである……。クリストフはあまりに男性的だったから、それを察知することができなかった。しかしながら、自分をもっともよく愛してくれてる彼女が、いかに自分に執着してることが少ないかを――そして、人生においてはまったくだれをも当てにできないことを、ちらと感ぜさせらるることがよくあった。それでも彼の愛は変わらなかった。それでも彼はなんらの憂苦をも覚えなかった。グラチアの和気が彼の上にも広がっていた。彼はありのままを受けいれた。おう人生よ、汝《なんじ》が与え得ないものについてなんで汝を非難しようぞ。汝はそのままできわめて美しくきわめて神聖ではないか。汝の微笑を愛さねばならないのだ、ジョコンダよ……。
 クリスト
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