な条件だか御存じないじゃありませんか。」
「そんなことは構いません。承知しました。なんでもお望みどおりです。」
「まあお聞きなさい。頑固《がんこ》な方ですこと!」
「ではおっしゃってごらんなさい。」
「それはね、今からその時まで、あなたの部屋《へや》の中の様子を少しも変えないということです――少しもですよ。何もかもそっくり元のままにしておくことです。」
クリストフは茫然《ぼうぜん》たる顔つきをし、狼狽《ろうばい》した様子をした。
「ああ、とんでもないことです。」
彼女は笑った。
「それごらんなさい、あまり早くお約束なさるからですよ。でもあなたは御承知なさいましたね。」
「しかしどうしてそんなことをお望みですか。」
「私をお待ち受けなさらないで、毎日していらっしゃるとおりの御様子を、拝見したいからですわ。」
「ついては、あなたも私に許してくださいますか……。」
「いえ、何にも。何にもお許ししません。」
「せめて……。」
「いえ、いえ。何にも聞きたくありません。もしなんなら、御宅へ伺わないことにしましょう……。」
「あなたが来てさえくだされば、私はなんでも承諾することを御存じじゃありませんか。」
「では御承知なさいますね。」
「ええ。」
「確かですか。」
「ええ。あなたは暴君です。」
「よい暴君でしょう?」
「よい暴君なんてものがあるものですか。人に好かれる暴君ときらわれる暴君とがあるきりです。」
「そして私はその両方でしょう、そうじゃありませんか。」
「いいえ、あなたは好かれるほうの暴君です。」
「不面目《ふめんぼく》なことですこと。」
約束の日に、彼女はやって来た。クリストフは節義を重んじて、散らかってる部屋の中の紙一枚をも片付けていなかった。片付けたら体面を汚すような気がした。しかし彼は心苦しかった。彼女がどう思うだろうかと考えると恥ずかしかった。いらいらしながら彼女を待った。彼女は正確にやって来て、約束の時間から四、五分しか遅れなかった。彼女はしっかりした小刻みな足で階段を上ってきた。そして呼鈴を鳴らした。彼は扉《とびら》のすぐ後ろにいて、それを開いた。彼女の身装《みなり》は簡素な上品さをそなえていた。彼は彼女の落ち着いた眼をそのヴェール越しに見てとった。二人は握手しながら小声で挨拶《あいさつ》をした。彼女はいつもより黙りがちだった。彼は無器用でまた感動し
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