彼女はローマから離れたい気になった。流行病の脅威は、子供たちの出発を早めるための口実となった。彼女はクリストフへ手紙を出して幾日もたたないうちに、すぐそのあとを追って出発した。
クリストフは彼女がコレットの家に到着したことを知るや否や、すぐに会いに行った。彼女の心はまだぼんやりして遠くにあった。彼はそれが辛《つら》かったけれど、様子には現わさなかった。彼はもう今では自分の利己心をほとんど殺していた。そのために心の明察力が生じていた。彼は彼女が隠したがってる悲しみをもってるのを悟った。けれどそれがなんの悲しみであるか知ろうとはしなかった。そしてただ自分の失敗を快活に話したり、自分の仕事や計画を言ってきかしたり、遠慮深く彼女を愛情で包み込んだりして、その悲しみから気を晴らさせようとした。押しつけがましいことを恐れてるその大きな愛情に彼女は心打たれた。自分の悲しみを彼から察せられてることを直覚して心を動かされた。やや憂いに沈んでる彼女の心は、二人に関すること以外の事柄を話してくれてる友の心のうちに身を休めた。そしてしだいに彼は、彼女の眼から憂鬱《ゆううつ》な影が消えてゆくのを見、二人の視線がますます近づいてゆくのを見てとった。……そしてある日……彼は彼女に話をしながら、突然言葉を途切らして、黙って彼女をながめた。
「どうなさいましたの?」と彼女は尋ねた。
「今日、」と彼は言った、「あなたはすっかり私のところにもどって来られたんです。」
彼女は微笑《ほほえ》んで、ごく低く答えた。
「そうです。」
落ち着いて話をすることはあまりできなかった。二人きりのときはごくまれだった。コレットは二人が望む以上に始終そばにいた。彼女はいろんな欠点があるにしてもやはりよい人物で、グラチアとクリストフとを心から好きだった。けれど自分が二人の邪魔になっていようとは思いもつかなかった。彼女は彼女のいわゆるクリストフとグラチアとの艶事《つやごと》なるものをよく見てとっていた――(彼女の眼はなんでも見てとった。)そして艶事は彼女の畑だったので、非常に面白がった。ますます勢いづけてやりたかった。しかしそれこそ二人が彼女に求めない事柄だった。無関係なことに干渉してもらいたくなかった。彼女が姿を現わすだけで、あるいは控え目な(出すぎた)言葉で二人のいずれかにその愛情を仄《ほの》めかすだけで、二人は冷や
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