離れたままでいて、ときどき音楽会で遠くから認め合ったり、少年のときおりの訪問で結ばれたりするきりだった。
冬は過ぎ去った。グラチアはもうまれにしか手紙をくれなかった。彼女はクリストフにたいして忠実な友情をなおいだいていた。しかしきわめて感傷的でなくて現実に執着する真のイタリー婦人だったから、多くの人に会わずにはいられなかった。それは彼らのことを思うためではないとしても、少なくとも彼らと話をする楽しみを得んがためであった。またときどき眼の記憶を新たにしなければ、心の記憶は消えがちだった。それで彼女の手紙はしだいに短くなり疎遠になった。クリストフが彼女を信じてると同様に、彼女もなおクリストフを信じてはいた。しかしその信頼は熱よりもむしろ光を多く広げるものであった。
クリストフはその新たな違算を大して苦しみはしなかった。音楽的活動は彼を満たすに十分だった。ある年齢に達すると、強健な芸術家は自分の生活のうちによりも多く自分の芸術のうちに生きる。生活は夢となり、芸術は現実となる。パリーと接触して、クリストフの創作力は眼覚《めざ》めたのだった。この勤勉な都会たるパリーの光景ほど、人に強い刺激を与えるものはない。もっとも冷静な者もその熱に感染する。健全な孤独のうちに多年休息してきたクリストフは、費やすべき多量の力をもって来ていた。フランス精神の勇敢な好奇心が音楽技術の世界にたえずなしつづけている、種々の新しい獲物に彼は富ませられて、こんどは自分でも発見の道に突進していった。そして彼らよりもいっそう猛烈で野蛮だったから、彼らのだれよりもさらに遠くへ進んでいった。しかしその新たな冒険においては、もはや何一つ本能の偶然に委《ゆだ》ねられたものはなかった。彼はもう明確の要求に支配されていた。彼の天才は生涯《しょうがい》中、ある交流的|律動《リズム》に従ってきたのだった。一つの極端から他の極端へと代わる代わる移っていって、両者の間のすべてを包括することが、彼の掟《おきて》であった。前期において彼は、「秩序の覆面を通して輝く渾沌の眼[#「秩序の覆面を通して輝く渾沌の眼」に傍点]」に熱中した後、その眼をなおよく見んために覆面《ヴェール》を引き裂こうとした刹那《せつな》、このたびはその蠱惑《こわく》から脱せんとつとめ、主宰的精神の魔法の網を、スフィンクスの顔にふたたび投げかけようとしていた
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