しそうでなくちゃその仕事をりっぱになすことはできない。」
「よく人がそう言います。」
「なんだって、人がそう言うって?……いや、この私がそう言うのだ。私は自分の仕事をもう四十年も勉強してる。そしてようやくそれがわかりかけてきたのだ。」
「自分の仕事を学ぶのに四十年ですって! ではいつになってその仕事がやれるんでしょう?」
 クリストフは笑いだした。
「理屈屋のフランス人だね!」
「私は音楽家になりたいんです。」とジョルジュは言った。
「それじゃあ、君はもう音楽をやり始めても早すぎはしないから、私が教えてあげようか。」
「ええ、そしたらどんなにうれしいでしょう!」
「明日《あした》来たまえ。君の価値をためしてみよう。もし君にそれだけの価値がなかったらピアノに手を触れることを禁ずるよ。もし君に能力があったら、君がなんとかなるように骨折ってみよう……。しかし言っておくが、私は君に勉強させるよ。」
「勉強します。」とジョルジュは大喜びで言った。
 二人は翌日会うことにきめた。しかしジョルジュは帰ってゆく間ぎわになって、翌日もまたその翌日も、他に約束があることを思い出した。彼はその週の終わりにならなければ隙《ひま》がなかった。そして二人は日と時間とをきめた。
 しかしその日になりその時間になると、クリストフは待ち呆《ぼう》けをくわされた。当てがはずれた。彼はジョルジュと再会することに子供らしい喜びを覚えていた。ジョルジュの不意の訪問は彼の生活を明るくしたのだった。彼は非常にうれしくなり感動して、その晩は眠れないほどだった。オリヴィエのことで自分に会いに来てくれたその若い友を、しみじみと感謝の念で思いやった。そのかわいい顔を思い浮かべては微笑《ほほえ》んだ。その自然な性情、その愛嬌《あいきょう》、その意地悪げな生一本な率直さは、彼の心を喜ばせた。オリヴィエと友情を結んだ初めのころ彼の耳や心を満たした、あの幸福の羽音に、あの無音の陶酔に、彼はまた身を任した。そのうえさらに、生者の彼方《かなた》に過去の微笑を見てとるという、いっそう真摯《しんし》なほとんど宗教的な感情までが加わっていた。――彼はジョルジュを待った、その翌日も、また翌日も。しかしだれも来なかった。詫《わ》びの手紙さえ来なかった。クリストフは寂しくなって、少年を許してやるべき理由をみずから考えめぐらした。彼はどこにあて
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