違いなかった。しかしそれでもやはり故郷であった。人は自分と血を同じゅうする人々に向かって同じ考えをもてよとは求めない。彼らと自分との間には多くのひそかな繋《つな》がりが存している。官能は同じ天地の書物を読むことを知っているし、心は同じ言葉を話している。
 彼は自分の違算を快活にグラチアへ書き送って、スイスへ帰るつもりであると言った。そしてパリーを去る許可を戯れに彼女に求めて、翌週出発すると告げた。しかし手紙の終わりに、二伸[#「二伸」に傍点]としてつけ加えた。
 ――私は意見を変えました。出発を延ばします。
 彼はグラチアに全然の信頼を寄せていた。もっともひそかな考えまでも打ち明けていた。それでも彼の心の奥には鍵《かぎ》をかけた一つの室があった。それはただに自分自身ばかりでなくまた自分の愛した人々に関する、思い出の室であった。かくて彼はオリヴィエに関係する事柄は語らなかった。その控え目は故意にしたものではなかった。オリヴィエのことを彼女に語ろうとしても言葉が出なかった。彼女はオリヴィエと面識もなかったのである……。
 さてその朝彼がグラチアに手紙を書いていると、扉《とびら》をたたく者があった。彼は邪魔されたのを怒りながら行って開いた。十四、五歳の少年がクラフト氏を尋ねてきたのだった。クリストフは不平ながらも室に通した。少年は金髪で、青い眼をし、繊細な顔だちをし、背はそう高くなく、痩《や》せた身体をしていた。クリストフの前にたたずんで、やや気おくれがしたように黙っていた。がすぐに気を取り直して、澄んだ眼を挙げてクリストフを珍しげにうちながめた。クリストフはそのかわいらしい顔を見て微笑《ほほえ》んだ。少年も微笑んだ。
「ところで、」とクリストフは言った、「なんの用ですか。」
「私が来ましたのは……。」と少年は言った。
 (彼はまたおどおどして、顔を赤め、口をつぐんでしまった。)
「あなたが来たことはよくわかっています。」とクリストフは笑いながら言った。「けれど、なんで来たのですか。私のほうを見てごらんなさい。私が恐《こわ》いんですか。」
 少年はまた微笑を浮かべ、頭を振って音った。
「いいえ。」
「豪《えら》い!……ではまず、あなたはどういう者であるか言ってごらんなさい。」
「私は……。」と少年は言った。
 そして彼はまた言いやめた。彼の眼は不思議そうに室の中を見回して
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