。彼女がエマニュエルに会ったとき、エマニュエルは彼女よりもいっそう不幸で、病気にはかかるし生活の手段もなかった。彼女は彼に一身をささげた。その情熱は彼女には最初のものであり、生涯《しょうがい》にただ一度の恋愛だった。それで彼女は飢えたる者の執念をもってそれにすがりついた。その愛情は受けるよりも与えるほうが少ないエマニュエルにとっては、恐ろしい重荷だった。彼は彼女の献身に心打たれてはいた。彼女は彼にとって女友だちのうちのもっともよいものであり、彼を全世界とも見なして彼なしでは生きられないただ一人の者である、ということを彼は知っていた。しかしその感情がまた彼を圧倒した。彼には自由が必要であり孤独が必要だった。むさぼるように彼の眼つきを求めてる彼女の眼が、うるさく彼につきまとった。彼は彼女に荒々しい口をきいた。
「行っちまえ!」と言ってやりたかった。また彼女の醜さや粗暴さにもいらだたせられた。彼は上流社会を見たことはあまりなかったし、また上流社会にたいして多少|軽蔑《けいべつ》の念を示していた――(なぜなら、上流社会にはいって自分の醜さと滑稽《こっけい》さとがいっそう目立つのを苦にしていたから)――けれども優美な姿態には感じやすかった。そして彼が自分の女の友にたいしていだいてるのと同じ感情を、彼にたいしていだいてる(それを彼は少しも気づかなかったが)女たちに、心をひかれていた。彼は彼女に愛情を示そうとつとめた。しかしその愛情を実際にもってはいなかったし、たといもっていてもそれは無意識的な憎悪の激発によってたえず暗くされた。そして彼は愛情を示すことができなかった。彼は胸の中に、善をなしたいというりっぱな心をもってはいたが、また悪をなしたがる暴虐な悪魔をももっていた。その内心の戦いと、自分の有利には戦いを終え得ないという意識とが、彼を駆って暗黙な激昂《げっこう》に陥らしていた。そしてその飛沫《ひまつ》をクリストフは受けたのだった。
エマニュエルはまたクリストフにたいして、二重の反感をみずから禁じ得なかった。一つは昔の嫉視《しっし》から出てきたものだった。(幼年時代のそういう熱情は、虜囚が忘れられたときにもなおその力が残存しているものである。)も一つは熱烈な国家主義から出て来たものだった。前時代のすぐれた人々によって考えられた正義や憐憫《れんびん》や人類親和などの夢想を、彼は
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