ふたたび沈み込んだ。意固地な沈黙のうちに固くなった。そしてクリストフはふたたび敵対者を見出すのだった。
あまりに多くのことが二人を隔てていた。年齢の差異もその一つだった。クリストフは豊満な意識と自己統御とのほうへ進みつつあった。エマニュエルはまだ自己形成中であって、クリストフのいつの時代よりもいっそう渾沌《こんとん》としていた。彼の独特な風格は、たがいに取り組み合ってる種々の矛盾した要素から来ていた。遺伝的欲望にさいなまれてる性質を――(アルコール中毒者と売笑婦との子供を)――制御せんとつとめてる力強い堅忍主義、鋼鉄のような意志の轡《くつわ》の下に荒立ってる熱狂的な想像力、どちらも広大な――(いずれが勝つともわからない)――利己心と他愛心、勇壮な理想主義と優秀な他人に病的な不安を覚える貪婪《どんらん》な名誉心。オリヴィエの思想や独立心や清廉さなどが彼のうちにあったし、また彼は行動をけっしていやがらない平民的な活力によって、詩的才分によって、いかなる嫌悪《けんお》にも平然たるだけの厚顔さによって、オリヴィエよりすぐれていたけれど、しかしアントアネットの弟たるオリヴィエの静朗さには、なかなか達することができなかった。彼の性格には虚栄と不安とがあった。そして他の人々の混濁がさらに彼の混濁に加わっていた。
彼は隣の若い女と落ち着かない共同生活をしていた。クリストフが初めて来たとき出迎えた女がそれだった。彼女はエマニュエルを愛していて、細心に彼のめんどうをみてやり、彼の生活を整え、彼の作品を写し直し、彼の口述を書き取っていた。彼女はきれいではなかった。そして熱烈な魂をもっていた。平民の出であって、長い間ボール紙工場の女工をし、つぎには郵便局の雇員になって、その幼年時代に、パリーの貧しい労働者に通例な環境に苦しんできた。魂も身体も他人といっしょにつみ重ねられ、疲労の多い仕事をし、たえず人中に混じり、空気もなく、沈黙もなく、一人きりのこともなく、思いを澄ますこともできず、心の神聖な隠れ場を保つこともできなかった。けれども彼女は高慢な精神をもっていて、漠然《ばくぜん》たる真理の理想にたいして敬虔《けいけん》な熱情をいだいていたので、眼が疲れきるのもいとわずに、夜中、時とすると燈火もなく月の光で、ユーゴーのレ[#「レ」に傍点]・ミゼラブル[#「ミゼラブル」に傍点]を写し取っていた
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