《しょうすい》したその顔、熱い炎が燃えてるビロードのような美しいその眼、怜悧《れいり》そうな長いその手、無格好なその身体、嗄《しわが》れた鋭いその声……クリストフは即座に見てとった……エマニュエルを! あの……罪はないが原因となった不具の少年労働者。そしてエマニュエルのほうでもクリストフを見てとって、にわかに立ち上がった。
二人はしばし言葉もなかった。二人ともそのときオリヴィエを眼の前に浮かべた……。握手をすべきかどうか決しかねた。エマニュエルはあとに退《さが》るような身振りをしたのだった。十年たった後にも、ひそかな怨恨《えんこん》が、クリストフにたいする昔の嫉妬《しっと》の念が、本能の薄暗い奥から飛び出してきたのである。そして彼は疑い深い敵意ある様子でじっとしていた。――しかし、クリストフの感動を見てとったとき、二人とも考えている「オリヴィエ」という名前を、クリストフの唇《くちびる》の上に読みとったとき、彼はもう抵抗することができなかった。自分のほうへ差し出されてる両腕の中に身を投じた。
エマニュエルは尋ねた。
「あなたがパリーに来ていられることは知っていました。けれどあなたは、どうして私を見つけ出されたのですか。」
クリストフは言った。
「君の最近の著書を読んだところが、その中から、彼の[#「彼の」に傍点]声を聞きとったよ。」
「そうでしょう?」とエマニュエルは言った、「あの人だとおわかりになったんですね。現在の私はみなあの人のおかげです。」
(彼はその名前を口に出すのを避けていた。)
やがて彼は陰鬱《いんうつ》になって言葉をつづけた。
「あの人は私よりあなたのほうを多く愛していました。」
クリストフは微笑《ほほえ》んだ。
「ほんとうに愛する者は、より多くとかより少なくとかいうことを知るものではない。自分の愛する人たちすべてに自分の全部を与えるものだ。」
エマニュエルはクリストフをながめた。その意固地な眼の悲壮な真摯《しんし》さは、深い和らぎの色に突然輝かされた。彼はクリストフの手を取って、長椅子の上に自分のそばに彼をすわらせた。
二人はたがいの身の上を語り合った。エマニュエルは十四歳から二十五歳までの間に、いろんな職業をやった。活版屋、経師《きょうじ》屋、小行商人、本屋の小僧、代言人の書記、ある政治家の秘書、新聞記者。……そしてどの職業にいても
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