に感謝するどころではなかった。
 他にも一人の者が、この愛と憎しみとの競技を寛大な眼で見守っていた。それはお上さんのオーレリーだった。彼女は様子には示さないですべてのことを見てとっていた。彼女は世の中を知っていた。健全な落ち着いた几帳面《きちょうめん》なりっぱな女ではあったが、若いころはかなり自由な生活をしてきたのだった。彼女は花売り娘だった。中流人を情夫にもったこともあるし、また他にいろんな情夫をもった。それからある労働者と結婚した。りっぱな家庭の母となった。が彼女は人の心のさまざまな狂愚を理解していた。ジューシエの嫉妬《しっと》をも嬉戯《きぎ》を欲する「青春」をも等しく理解していた。少しばかりのやさしい言葉で、その二つを和解させようとつとめていた。
 ――人はたがいに折れ合わなければいけない。そんなつまらないことで、悪い血を湧《わ》きたたせるには及ばない……。
 が彼女は、自分の言葉がなんの役にもたたないことを別に不思議ともしなかった。
 ――役にたったためしはない。人はいつも自分で自分を苦しめずにはいられない……。
 彼女のうちには、いかなる不幸もすべり落ちてしまうような、凡俗な
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