うふうに彼女が静かに嘆息するのを、彼は耳に聞くような気がした。しかし彼女は、自分が幸福であることや、すべてがよいということ以外には、何にも考えてはいなかった。
もう夕暮れになりかけていた。紫がかった灰色の靄《もや》の帷《とばり》の下に、すでに四時ごろから、太陽は生き疲れて姿を隠した。クリストフは立ち上がって、アンナに近寄った。彼女の上をのぞき込んだ。彼女は大空に浮かんでるような眩暈《めまい》をまだいっぱいたたえてる眼つきを、彼のほうへ向けた。数秒かかってようやく彼を見てとった。するとその眼は、惑乱を伝える謎《なぞ》のような微笑を浮かべて、彼をじっと見つめた。その凝視からのがれるために、彼はちょっと眼を閉じた。ふたたび眼を開いたが、やはり彼女からながめられていた。そして彼には、幾日も二人はそういうふうに見合ってたような気がした。たがいに魂の中を読みとってるのだった。しかし何を読みとったかを、二人は知ろうと欲しなかった。
彼は彼女に手を差し出した。彼女は一言もいわずにその手をとった。二人は村のほうへもどっていった。向こうの谷間の低い所に、スペードの一の形に帽をかぶった村の塔が見えていた
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