なんのために?」
「なんのためにでもありません。」
(彼女は十字架につけられたがってたことは言わなかった。)
「私に手をかしてください。」と彼女は言った。
「どうするつもりですか。」
「まあかしてごらんなさい。」
 彼は手を出してやった。彼女はそれをつかんで、彼が声をたてるほど強く握りしめた。そして彼らは二人の百姓同志のように、できるだけ相手を害し合って遊んだ。彼らはなんの下心もなしにただ愉快だった。生活の連鎖や、過去の悲しみや、未来の懸念や、彼らの心中に積もってきた嵐《あらし》など、すべて他のことは、消え失《う》せてしまっていた。
 彼らは幾里も歩いた。少しも疲労を感じなかった。突然彼女は立ち止まり地面に身を投げ出し、藁《わら》の上に寝ころんで、もうなんとも言わなかった。両腕を枕《まくら》にして仰向けに寝そべり、空をながめた。なんという平和だろう!……なんという安らかさだろう!……数歩向こうには隠れた泉が、あるいは弱くあるいは強く打つ動脈のように、間を置いては湧《わ》き出していた。地平線は真珠母色にぼかされていた。裸の黒い樹木が立っている紫色の地面の上には、靄《もや》が漂っていた。晩
前へ 次へ
全367ページ中251ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング