日以来クリストフは、注意深くアンナを観察し始めた。アンナはまた例のとおり無口になり、冷たい無関心な様子になり、仕事にばかり熱中して、夫をまでもいらだたせ、また自分の不分明な性質についての人知れぬ考えを、そっと眠らしていた。クリストフはいくら彼女を窺《うかが》っても、初めのころの取り澄ました中流婦人をしか彼女のうちに見出せなかった。時とすると彼女は、眼を見すえ何にもしないでぼんやりしていた。そういう彼女のそばを離れてから、十五分もたってまた行ってみると、彼女はやはり同じように身動きもしていなかった。何を考えてるのかと夫に尋ねられると、彼女は我に返って微笑《ほほえ》んで、何にも考えてはいなかったのだと答えた。そしてそれはほんとうのことだった。
 何事も彼女をその平静さから脱せさせることはできなかった。ある日彼女の化粧最中に、アルコールランプが破裂した。たちまちのうちに彼女は炎に包まれた。女中は助けを呼びながら逃げ出した。ブラウンは面喰《めんくら》って、あわてだし叫び声をたてて、気を失わんばかりだった。アンナは化粧版の留め金を引きちぎり、燃えだしてる裳衣《しょうい》を腰からすべり落として、そ
前へ 次へ
全367ページ中221ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング