はしなかった。ちょうど村の市場《いちば》にでもいるような気で、愉快に押されたり押したりしていた。事件の重大なことなんかはほとんど考えていなかったので、肩幅の広い一人の警官につかまれても、相手の胴体を捕えて、ふざけた調子で言いたかった。
「娘さん、一踊りしませんか。」
 しかし、警官がも一人彼の背中に飛びかかったとき、彼は猪《いのしし》のように武者震いして、二人の警官を拳固《げんこ》でなぐりつけた。捕縛されるのを肯《がえん》じなかったのである。後ろから彼をとらえていた警官は舗石の上にころがった。も一人は激怒して剣を抜いた。クリストフはその剣先を自分の胸元に認めた。彼はそれを巧みに避けて、相手の手首をねじ上げ、剣をもぎ取ろうとした。もう何にもわからなくなった。それまではただ遊戯のような気がしていたのに……。二人はその場で争いつづけ、たがいに息が顔にかかっていた。彼は考えめぐらす隙《ひま》がなかった。相手の眼の中に殺意を認めた。そして彼のうちにも殺意が眼覚《めざ》めた。自分が羊のように首を切り落とされそうなのを見てとった。彼はにわかにぐっと力を込めて、相手の胸へ手首と剣とを差し向けた。そして
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