オリヴィエと仲間にはなり得なかった。彼らと彼との間には多くの会話の種がなかった。少年エマニュエルはますますオリヴィエを占有していった。今ではほとんど毎晩のように彼のところへやって来た。あの不可思議な話以来、一つの革命が少年のうちに起こっていた。彼は知識欲に燃えたって読書に熱中した。書物を読み終わるごとに胆をつぶしたような心地になった。前よりいっそう愚かになったような気がした。ろくに口もきけなかった。オリヴィエはもう彼からわずかな片言|隻語《せきご》をしか引き出すことができなかった。オリヴィエから尋ねられると彼は馬鹿げた答えばかりした。オリヴィエはがっかりした。がっかりした様子を見せまいと骨折った。自分の思い違いであって少年はまったくの馬鹿だったのだと、彼は思った。少年の魂の中で行なわれてる恐ろしい熱狂的な孵化《ふか》作用は、彼の眼に止まらなかった。元来彼は拙劣な児童教育家であって、畑の草を抜いて畦《あぜ》を掘ることよりも、いい種をつかんで手当たりしだいに撒《ま》き散らすほうが得手だった。――クリストフがいるためにいっそう当惑をきたした。オリヴィエは自分の庇護《ひご》してる少年を友の前に出すのが苦しかった。その愚鈍なのが恥ずかしかった。エマニュエルはジャン・クリストフのそばではたまらないほど愚鈍になった。むっつりと黙り込んでしまった。彼はクリストフをオリヴィエに愛せられてるからとて憎んでいた。他の者が自分の師匠の心中に場所を占めることが我慢できなかった。そしてクリストフもオリヴィエも、この少年の魂をかじってる愛と嫉妬《しっと》との狂暴を夢にも知らなかった。とは言え、クリストフも以前そういう心境を経てきたのだった。しかし彼は自分と異なった地金でできてるこの少年に理解がなかった。不健全な遺伝から成ってるこの不分明な合金のなかでは、すべてが――愛も憎しみも内在的精神も――一種異なった音をたててるのだった。

 五月一日が近まってきた。
 不安な風説がパリーに広まっていた。労働総組合[#「労働総組合」に傍点]の虚勢家らが風説の伝播《でんぱ》に手伝っていた。彼らの新聞紙は、重大な日が来ることを告げ、労働軍を召集し、有産者のもっとも急所を、腹を、突くべき威嚇的な言葉を発していた……腹を攻めよ[#「腹を攻めよ」に傍点]と。総同盟罷業をもって有産者を脅かしていた。怖気《おじけ》だったパリーの人々は、田舎《いなか》に出かける者もあれば、敵の包囲に備えるかのように食料をたくわえる者もあった。クリストフはカネーに出会ったが、カネーは自動車に乗って、二個のハムと一袋の馬鈴薯《ばれいしょ》とを家に運んでいた。彼は逆《のぼ》せ上がっていた。自分がもうどの党派に属するかをはっきり知らなかった。古い共和派になったり、王党になったり、革命派になったりしていた。過激手段にたいする彼の信仰は、まるで狂った羅針盤《らしんばん》みたいで、その針は北から南へ南から北へと一飛びに動き回っていた。公衆中では仲間の人々の空威張りにやはり調子を合わしていた。しかし独裁者でも出てくればそれにひそかに[#「ひそかに」に傍点]すがりついて赤色の幻影を一掃しかねなかった。
 クリストフはそういう一般の怯懦《きょうだ》を笑っていた。何が起こるものかと信じていた。オリヴィエはそれほど安心してはいなかった。彼は有産者の生まれだったので、革命の記憶と期待とが有産階級に与える不断の小さなおののきを、いつも多少身内にもっていた。
「なあに、」とクリストフは言った、「君は静かに眠ることができるよ。革命なんかすぐに起こるものではない。君たちは皆恐れてるんだ。打撃の恐怖というやつさ……。そういう恐怖が至る所にある。有産者のうちにも、民衆のうちにも、全国民のうちに、西欧の各国民のうちにある。人はもう十分の血をもっていない。血を流すことを恐れている。四十年この方、万事が言葉の中だけで過ぎ去っている。君たちの有名なドレフュース事件だって考えてみたまえ。君たちは『死だ、血だ、殺戮《さつりく》だ!』とやかましく叫んだじゃないか……。がなんというガスコーニュの徒だ。無駄口をたたいたりインキを流したりしただけで、幾滴の血が流されたか!」
「そうばかりだと思ってちゃいけない。」とオリヴィエは言った。「血を恐れるというのは、最初血が流されたら、人の獣性が猛《たけ》りたち、文明の仮面は落ち、獰猛《どうもう》な牙《きば》をそなえた獣面が現われて、それに口枷《くちかせ》をはめることができるかどうかわからなくなるだろうという、ひそかな本能的な感情からなんだ。人は皆戦いを躊躇《ちゅうちょ》してる。しかし戦いがもし起こったら、狂暴な戦いとなるだろう……。」
 クリストフは肩をそびやかした。嘘《うそ》つきの英雄を――法螺《ほら》吹きのシ
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