言った。革命は自分のためではないと仲間から言われたことを言った。
「革命は彼らのためでもないんだよ、またわれわれのためでもないんだ。それは一日の仕事じゃない。われわれのあとに来る者のために皆努力してるんだ。」
 少年は革命の来るのがそんなにおそいのを聞いてがっかりした。
「だが、無数の君のような少年に、無数の人間に、幸福を与えようと人が努力してるのを考えると、君はうれしくはないのか。」
 エマニュエルは溜息《ためいき》をついて言った。
「でも、自分自身に幸福を少しもつのもいいことでしょう。」
「忘恩者になってはいけないよ。君はいちばん美しい都会に住んでるし、いちばん驚異に富んでる時代に生きてるんだ。君は愚かではないし、またりっぱな眼をもっている。自分の周囲に見るべきものや愛すべきもののあることを、考えてみたまえ。」
 オリヴィエはそういうものを少しあげてみせた。
 少年は耳を傾けていたが、頭を振って言った。
「ええ。だけど、こんな身体の中にいつも閉じこめられてることを考えると!」
「なあに、それから出られるよ。」
「そして、その時はもうおしまいだ。」
「そんなことが君にわかるものか。」
 少年は呆気《あっけ》に取られた。唯物観は祖父の信条の一部をなしていた。そして彼も、永遠の生を信ずる者は坊主のほかにないと考えていた。彼はオリヴィエが坊主なんかではないことを知っていた。そしてオリヴィエが真面目《まじめ》に口をきいてるのかどうかを怪しんだ。しかしオリヴィエは、彼の手を執りながら長々と、自分の理想主義的な信念を話してきかせ、無数の生と無数の瞬間とは唯一の太陽の光線にすぎなくなるところの、初めも終わりもない無際限な生の渾一《こんいつ》を話してきかした。しかし彼はかかる抽象的な形式でそれを言ってきかしはしなかった。少年に話をしてるうちに知らず知らず少年の思想に調子を合わしていた。古代伝説や古い天地創造論の唯物的な深遠な想像説などが、彼の頭に浮かんできた。半ば冗談に半ば真面目《まじめ》に彼は、輪廻《りんね》の話をしたり、あたかも泉の水が池から池へ通ってゆくように魂が流れ通過する、数限りない形体の連続を話したりした。キリスト教的な追憶や二人を浸してる夏の夕の幻影なども、それに交じってきた。彼はうち開いた窓のそばにすわっており、少年は彼のそばに立っていて、たがいに手を取り合っていた。土曜日の夕だった。鐘が鳴っていた。近ごろもどってきた初|燕《つばめ》が人家の壁を掠《かす》めて飛んでいた。遠い空が影に包まれてる都会の上に微笑《ほほえ》んでいた。少年は息をこらして、年長の友が話してくれる妖精《ようせい》物語に耳を澄ましていた。そしてオリヴィエのほうでも、少年の聴《き》き手の深い注意に気乗りがして、自分の話に夢中になっていた。
 ちょうど大都会の夜に電燈が一|斉《せい》にともると同じように、暗い魂の中に永遠の炎が燃えたつ決定的な瞬間が、人生にはある。プロメテウスの火を一つの魂から迸《ほとばし》り出さしてそれを待ってる魂に伝えるには、一つの火花で十分である。この春の夕、オリヴィエの静かな話は、あたかもこわれかけたランプのような、奇形な小さい身体の中にある精神に、ふたたび消えない光を点じたのだった。少年はオリヴィエの理論のほうは少しも了解しなかったし、ほとんど聞いてもいなかった。しかしオリヴィエにとっては単に美しい物語であり、一種の譬《たと》え話であるところの、それらの伝説や形象は、彼のうちで肉をつけて現実となった。妖精物語が彼の周囲に生き上がって躍動した。そして室の窓で切り取られてる光景、街路を通ってる貧富の人々、壁を掠《かす》め飛ぶ燕、重荷をひいてる疲れた馬、薄暮の影を吸い込んでる人家の石材、光の消えかかってる蒼《あお》ざめた空――すべてそれらの外界は、突然彼のうちに接吻《せっぷん》のように刻み込まれた。それは一つの閃《ひらめ》きにすぎなかった。間もなく消え失《う》せた。彼はレーネットのことを考えた。そして言った。
「だが、ミサに行く人たちは、神様を信じてる人たちは、やはり正気の人ではないんでしょう?」
 オリヴィエは微笑《ほほえ》んだ。
「彼らもわれわれと同じように信じてるよ。」と彼は言った。「われわれは皆同じものを信じているのだ。ただ彼らはわれわれほど深く信じていないだけだ。光を見るために、雨戸を閉ざして燈火をつけようとする人たちだ。彼らは一人の者の中に神を置いている。われわれはもっとよい眼をもっている。しかしわれわれが愛してるものは、やはり同じ光だよ。」

 少年はまだガスのともっていない薄暗い通りを歩いて、家に帰りかけた。オリヴィエの話が頭の中に響いていた。眼がよくきかないからといって人をあざけるのは、佝僂《せむし》だからといって人をあざ
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