と絶対的自由主義との味方だった。その他の点については二人とも等しく、社会的革命と未来の労働階級の主権とを確信していた。二人はそれぞれ一人の首領に心酔していて、自分のなりたいと思う理想的人物だと見なしていた。トルーイヨーはジュシエを選び、ラ・フーイエットはコカールを選んでいた。彼らは自分たちを分け隔ててる事柄については際限もなく議論し合いながら、たがいに共通の思想のほうは確かなものだと信じていた――(それを確信しきってるあまり、それが酒杯の間にも実現されるものだと信じがちだった。)――二人のうちで、古靴屋のほうがより理屈的だった。彼は理性によって信じていた。少なくとも自分の理性を自惚《うぬぼ》れていた。彼の理性が特殊のものであって、自分の足以外の他人の足にも合わないかどうかは、神のみが知ってることだったから。それでも彼は、靴のほうほど理性のほうに通じてはいないにかかわらず、他人の精神にも自分の足に合うのと同じ靴をはかせようとしていた。紙屋のほうは、彼よりも怠惰で、自分の信念を表明するだけの労をとらなかった。いったい人は自分が疑ってる事柄をしか表明しないものである。ところが彼は何にも疑っていなかった。彼の常住不変な楽天主義は、自分の欲するとおりに事物をながめて、心にそわない事物は、眼に止めないかもしくはすぐに忘れるかした。心に反する経験はすべて彼の皮膚からすべり落ちて、少しの痕跡《こんせき》をも残さなかった。――彼らは二人とも、空想的な年老いたお坊っちゃんで、現実にたいする感覚をもってはいず、ただ革命の名に酔ってるだけで、革命そのものは、みずから自分に話してきかしてる美しい話にすぎなくて、それがいつ起こってくるものやらあるいはもう起こってるものやら、よくはわかっていなかった。そして二人とも、人の子[#「人の子」に傍点]の前に幾世紀間も平伏した遺伝的な習慣を移しかえて、神なる人類[#「神なる人類」に傍点]を信仰していたのである。――二人とも反僧侶派だったのはむろんのことである。
 おかしなことには、この善良な紙屋はごく信心深い姪《めい》といっしょに暮らしていて、その自由になっていた。彼女は濃い栗《くり》色の髪の背の低い女で、ぽってりと肥満し、眼がぎろりとして、マルセイユ風の強い調子でいっそう引き立つ快弁をそなえていた。商務省の一編集官の寡婦だった。財産もなくて娘と二人きりになり、紙屋の伯父《おじ》に引き取られたが、この中流婦人は自負の念に強くて、店で商いをやってるから伯父のためにもなってるのだと思いがちだった。失権した女王という様子で構え込んでいたが、伯父の商売や顧客にとってごく仕合わせなことには、生まれつきの饒舌《じょうぜつ》でそれが緩和されていた。このアレクサンドリーヌ夫人は、その身分の然《しか》らしむるとおりに王党で僧侶派であって、自分の感情を説きたてるのにいつも熱心だった。自分が厄介《やっかい》になってる無信仰者の老人をからかって意地悪い楽しみを覚えるだけに、その熱心はなおさら不謹慎なものとなるのだった。彼女は家じゅうの者の良心に責任を帯びてる主婦のように振る舞っていた。たとい伯父を信仰に帰依《きえ》させることができないまでも――(もとよりいよいよの場合には[#「いよいよの場合には」に傍点]そうしてやるとみずから誓っていたが)――その悪魔を聖水の中に浸してやろうと心からつとめていた。ルールドの聖母やパドヴァの聖アントニオなどの像を壁にかけていた。ガラスの覆《おお》いをした極彩色《ごくさいしき》の小さな像で暖炉を飾っていた。そして時が来ると、小さな青|蝋燭《ろうそく》を立てたマリア聖月の御堂を、娘の寝所の中にすえた。いったい彼女の挑戦《ちょうせん》的な信心の中で、彼女が信仰に帰依させようと願ってる伯父にたいする実際の愛情と、伯父を嫌《いや》がらせて覚える喜びの念と、どちらがより強いのか、わからなかった。
 無感情で多少無元気な人のよい紙屋は、彼女のするままに任しておいた。恐るべき姪《めい》の激しい挑戦を引き起こすような危《あぶな》い真似《まね》はしなかった。かくもよく回る舌を相手に諍《あらそ》うことはとうていできなかった。何よりも彼は平穏を欲していた。ただ一度、小さな聖ヨセフの像が彼の室の彼の寝床の下にこっそり忍び込んできたときには、腹をたてた。そしてこのことについては彼が勝利を得た。というのは、彼がもう少しで腕力に訴えようとしたので、姪は怖気《おじけ》を出した。がそういうことは二度と起こらなかった。その他のことについては万事彼のほうで譲歩して見ない振りをした。善良な神様の匂《にお》いはもとより彼を不快な気特になしたが、彼はそのことを考えたくなかった。彼は心底では姪に感心していて、姪からひどい目に会わされると一種の喜びを覚えた
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