間ばかり打ってる掛時計の音が聞こえた。息をすることも考えることも身動きもできなかった。手足を縛られ猿轡《さるぐつわ》をはめられて溺《おぼ》らせられてるかのようで、身をもがいてはまた底のほうへ沈んでいった。――ついに夜明けとなった。雨の日の遅々とした灰色の曙《あけぼの》だった。彼を焼きつくしていた堪えがたい熱はさめた。しかし身体は山の下敷きになってるかのようだった。彼は眼を覚ました。恐ろしい眼覚めだった。
「なにゆえに眼を開くのか? なにゆえに眼を覚ますのか? 地下に横たわってる憐《あわ》れな友のように、このままじっとしていたい……。」
 彼はその寝ぐあいが苦しかったにもかかわらず、仰向けに寝たまま身動きもしなかった。腕と足とは石のように重かった。墓の中にいる心地だった。仄《ほの》白い光がさしていた。数滴の雨が窓ガラスを打っていた。庭には一羽の小鳥が悲しげな小さな声をたてていた。おう、生きることの惨《みじ》めさよ! 残忍なる無益さよ!……
 時間が過ぎていった。ブラウンがはいってきた。クリストフは見向きもしなかった。ブラウンはクリストフが眼を開いてるのを見て、快活に呼びかけた。そしてクリストフがなお陰気な眼つきで天井を見つめてるので、その憂鬱《ゆううつ》を払いのけてやろうとした。寝台に腰をおろしてやかましくしゃべりだした。その騒々しさにクリストフは我慢できなかった。人力以上だと思われるほどの努力をして言った。
「どうか僕に構わないでくれたまえ。」
 善良な彼はすぐに調子を変えた。
「一人でいたいんだね。どうしてだい。いやそうだろう。静かにしてるがいいよ。休息したまえ。口をきかないでいたまえ。食事をもって来させよう。だれもなんとも言わないよ。」
 しかし彼は簡単に切り上げることができなかった。いつまでもくどくどと言い聞かしたあとで、大きな靴の爪先《つまさき》で床《ゆか》をきしらしながら出て行った。クリストフはまた一人きりになって、死のごとき疲労の中に沈み込んだ。考えは苦悩の霧の中にぼかされていた。彼は一生懸命に会得しようとつとめた……。「なにゆえに自分は彼を知ったのか? なにゆえに自分は彼を愛したのか? アントアネットが身を犠牲にしたのがなんの役に立ったか? あれらの生活、あれらの時代――かくも多くの困難と希望――彼の生に到達してそれとともに空虚に没してしまったもの、そ
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