の木立にあちらこちら遮《さえぎ》られてる牧場だった。彼はその中に進んでいった。数歩行くか行かないうちに、地面に身を投げ出して叫んだ。
「オリヴィエ!」
 彼は道のまん中に横たわってすすり泣いた。
 長くたってから、遠い汽車の汽笛の音に彼は立ち上がった。停車場へもどろうとした。そして道に迷った。夜通し歩いた。どこへ行こうと構わなかった。何にも考えないために歩きつづけ、もう考えなくなるまで、死んで倒れるまで、歩きつづけたかった。ああ死ぬことができるなら!……
 夜明けごろ彼は、国境から遠いフランスの村にはいった。夜通し国境から遠のいていたのである。彼は宿屋にはいり、むさぼるように食事をし、また出かけて、なお歩き出した。その日のうちに、ある牧場のまん中にぶっ倒れて、夕方まで眠った。眼を覚ますと、また新たな夜となりかけていた。彼の激怒は鎮《しず》まっていた。息もつけないような激しい苦悶《くもん》ばかりが残っていた。一軒の農家までたどりつき、一片のパンと藁《わら》の寝床とを求めた。農夫は彼の顔を窺《うかが》い、パンを一片切ってやり、牛小屋に連れてゆき、その中に閉じこめた。褪《あ》せた匂《にお》いのする牛のそばに敷き藁の中に寝ころんで、クリストフはパンをかじった。涙が顔に流れた。飢えと苦悶とは鎮まらなかった。がその夜もまた、数時間眠って苦しみを忘れた。翌日戸の開く音に眼覚めた。が身動きもしないで横たわっていた。もう生きたくなかった。農夫は彼の前にたたずんで、じっと彼をながめた。手に一枚の紙をもっていて、ときどきそのほうへ眼をやった。ついに一歩進み出て、クリストフの鼻先へ新聞を差し出した。第一ページにクリストフの肖像が出ていた。
「それは僕だ。」とクリストフは言った。「告発するがいい。」
「立ちなさい。」と農夫は言った。
 クリストフは立ち上がった。農夫はついて来いという身振りをした。二人は納屋の後ろを通り、果樹の木立の中の曲がりくねった小径《こみち》をたどった。十字路まで来ると、農夫は一筋の道をクリストフに指《さ》し示して言った。
「あちらが国境です。」
 クリストフは機械的に道をたどった。なんのために歩いてるか自分でもわからなかった。心身ともに疲れはてぐたぐたになっていて、一歩一歩立ち止まりたかった。しかし一度立ち止まったら、もうふたたび歩き出すことができず、倒れた場所から身
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