けるのと、同じくらい残忍なことである、と彼はみずから言った。そしてきれいな眼をしてるレーネットのことを想《おも》った。自分がそのきれいな眼を泣かしたことを考えた。すると堪えがたい気特になった。彼は引き返して、紙屋の家へ行った。窓はまだ半ば開いていた。彼はそっと頭を差し込んで、低い声で呼んだ。
「レーネット……。」
 彼女は返辞をしなかった。
「レーネット。堪忍しておくれよ。」
 レーネットの声が暗闇《くらやみ》の中から言った。
「意地悪! 私|大嫌《だいきら》いよ。」
「堪忍しておくれ。」と彼は繰り返した。
 彼は口をつぐんだ。それから突然ある勢いに駆られて、前よりいっそう声低く、心乱れてやや恥ずかしげに、彼は言った。
「レーネット、ねえ、僕もお前と同じように、神様を信じるよ。」
「ほんとう?」
「ほんとうだ。」
 彼はそのことをことに寛大な気持から言ったのだった。しかし言ってしまったあとでは、多少信じていた。
 二人は言葉もなくじっとしていた。たがいの顔は見えなかった。戸外は美しい夜だった。不具の少年はつぶやいた。
「死んだらどんなにいいだろう!」
 レーネットの軽い息の音が聞こえた。
 彼は言った。
「じゃ、さよなら。」
 レーネットのやさしい声が言った。
「さようなら。」
 彼は軽い心地になって帰っていった。レーネットから許されたらしいのがうれしかった。そして心の奥底では、一人の娘が自分のために苦しい思いをしたことも、人の弄《なぶ》り者となってる少年には不快ではなかった。

 オリヴィエは自分の隠れ家に立ちもどってしまった。クリストフもやがて彼といっしょになった。まさしく二人の場所は社会的革命運動の中にはなかった。オリヴィエはそれらの闘士の仲間にはいることができなかった。そしてクリストフもそれを欲しなかった。オリヴィエは弱者被迫害者の名によって彼らから離れた。クリストフは強者独立者の名によって離れた。しかし二人は、一人は船首へ一人は船尾へ、共に引き退きはしたものの、労働軍と社会全体とを運んでる同じ船にやはり乗っていた。自由で自分の意志を確信してるクリストフは、挑発《ちょうはつ》的な興味で、無産者らの同盟を見守っていた。民衆の酒樽《さかだる》に浸るのがうれしく、そうすると気が和らいだ。前よりいっそう快活に清新になってその酒樽から出て来た。彼はなおコカールとの交際
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