になり、紙屋の伯父《おじ》に引き取られたが、この中流婦人は自負の念に強くて、店で商いをやってるから伯父のためにもなってるのだと思いがちだった。失権した女王という様子で構え込んでいたが、伯父の商売や顧客にとってごく仕合わせなことには、生まれつきの饒舌《じょうぜつ》でそれが緩和されていた。このアレクサンドリーヌ夫人は、その身分の然《しか》らしむるとおりに王党で僧侶派であって、自分の感情を説きたてるのにいつも熱心だった。自分が厄介《やっかい》になってる無信仰者の老人をからかって意地悪い楽しみを覚えるだけに、その熱心はなおさら不謹慎なものとなるのだった。彼女は家じゅうの者の良心に責任を帯びてる主婦のように振る舞っていた。たとい伯父を信仰に帰依《きえ》させることができないまでも――(もとよりいよいよの場合には[#「いよいよの場合には」に傍点]そうしてやるとみずから誓っていたが)――その悪魔を聖水の中に浸してやろうと心からつとめていた。ルールドの聖母やパドヴァの聖アントニオなどの像を壁にかけていた。ガラスの覆《おお》いをした極彩色《ごくさいしき》の小さな像で暖炉を飾っていた。そして時が来ると、小さな青|蝋燭《ろうそく》を立てたマリア聖月の御堂を、娘の寝所の中にすえた。いったい彼女の挑戦《ちょうせん》的な信心の中で、彼女が信仰に帰依させようと願ってる伯父にたいする実際の愛情と、伯父を嫌《いや》がらせて覚える喜びの念と、どちらがより強いのか、わからなかった。
無感情で多少無元気な人のよい紙屋は、彼女のするままに任しておいた。恐るべき姪《めい》の激しい挑戦を引き起こすような危《あぶな》い真似《まね》はしなかった。かくもよく回る舌を相手に諍《あらそ》うことはとうていできなかった。何よりも彼は平穏を欲していた。ただ一度、小さな聖ヨセフの像が彼の室の彼の寝床の下にこっそり忍び込んできたときには、腹をたてた。そしてこのことについては彼が勝利を得た。というのは、彼がもう少しで腕力に訴えようとしたので、姪は怖気《おじけ》を出した。がそういうことは二度と起こらなかった。その他のことについては万事彼のほうで譲歩して見ない振りをした。善良な神様の匂《にお》いはもとより彼を不快な気特になしたが、彼はそのことを考えたくなかった。彼は心底では姪に感心していて、姪からひどい目に会わされると一種の喜びを覚えた
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