きが聞こえてきた。二人は蒼《あお》くなり無言のままで、そこにある井の縁石に相並んで腰をおろした。オリヴィエはジャックリーヌの頬《ほお》に涙が流れてるのを見た。
「泣いていますね。」と彼は唇《くちびる》を震わしてつぶやいた。
そして彼も涙が流れた。
彼は彼女の手をとった。彼女は金髪の頭を彼の肩にもたせた。もう逆らおうとしなかった。うち負けてしまった。そしてそれは彼女にとって、どんなにか慰安だったろう!……二人は低く泣きながら、天蓋《てんがい》のような重々しい雲の移りゆく下で、音楽に耳を傾けた。音もなく流れるその雲は、樹木の梢《こずえ》をかすめるかと思われた。二人はこれまで苦しんだことどもを――またはおそらく、これから苦しむことどもを――考えていた。ある場合には、人の運命のまわりに織り込まれてる憂愁がことごとく、音楽のために浮き出されることもある!……
[#バッハの変ホ短調遁走曲の楽譜(fig42597_01.png)入る]
しばらくして、ジャックリーヌは眼を拭《ぬぐ》ってオリヴィエをながめた。そしてふいに二人は抱擁し合った。ああ得も言えぬ幸福! 敬虔《けいけん》な幸福! 切ないほど
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