万人の用いる音楽的形式への復帰から、十八世紀末の古典派の芸術は生まれてきたのだ。グルックや交響曲《シンフォニー》の創造者たちや歌曲《リード》の大家たちなどの旋律的楽句は、ヨハン・セバスチアン・バッハやラモーなどの精緻なあるいは巧妙な楽句に比べると、時として平凡な市井的なものと思われることがある。けれどそういう地質こそ、偉大なる古典派らの味わいや広い名声を作り出したのだ。もっとも単純な音楽形式から、歌曲《リード》から、歌芝居《ジンクシュピール》から、彼らは出発したのだ。それら日常生活の小さな花が、モーツァルトやウェーバーなどの連中の幼年時代にしみ込んだのだ。――君たちも同様にしたまえ。すべての人のための歌を書きたまえ。そうした上で、交響曲《シンフォニー》を築き上げるがいい。一足飛びにやったって何になろう? ピラミッドは頂から作り始めるものではない。君たちの現今の交響曲《シンフォニー》は、胴体のない頭ばかりである。おう才人たちよ、一身を具現したまえ。民衆と親和する音楽家らの気長い世代が必要なのだ。一つの音楽芸術は一日にして建設されるものではない。
 クリストフは、そういう理論を音楽に通用す
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