んこに乗せてもらうと、ジャックリーヌは熱くのぼせてしまった。そしていかに一生懸命の張り合いが起こったことだろう! いかに激しい嫉妬《しっと》の炎が燃やされたことだろう! そのぶしつけな敵から教師を取りもどさんがために、いかにつつましい甘っぽい眼つきが注がれたことだろう! 講義のときに、彼が口を開いて話し出すと、それを書き取るためにペンや鉛筆があわただしく動かされた。彼女らは理解しようとはつとめなかった。一言も書き落とさないことが大事だった。そして皆が、一生懸命に書き取りながらも、偶像となってる教師の顔つきや身振りを一々、物珍しげな眼でひそかにうかがってる間に、ジャックリーヌとシモーヌとは小声で尋ね合った。
「先生が青い玉散らしの襟《えり》飾りをおつけなすったら、よくお似合いなさるでしょうね。」
 それからまたうれしいものは、着色石版画、空想的な浮華な詩集、詩的様式の版画、――昔や今の、俳優、音楽家、著作家、ムーネ・シュリー、サマン、ドビュッシー、などにたいする愛、――音楽会や客間や街路で、見知らぬ青年らと見かわす眼つき、それからすぐに頭の中に描かれる情熱、――不断の欲求に駆られて、たえず想《おも》いを焦がしていたり、いつも恋愛や恋愛のきっかけでいっぱいになっていること、それらのことを、ジャックリーヌとシモーヌとはみな打ち明け合った。けれどそれは、彼女らが大したことを感じてはいない明らかな証拠だったし、また、決して深い感情をいだかないための最上の方法でもあった。けれどその代わりに、それは慢性の病状となってきた。彼女らはみずからそれをあざけってはいたが、大事に養っていた。二人はたがいに刺激し合っていた。シモーヌのほうは空想的であり用心深くて、大それたことをより多く想像しがちだった。ジャックリーヌのほうは真面目《まじめ》であり熱烈であって、大それたことをより多く実行しやすかった。彼女は幾度もたいへんよからぬことを行ないかけた……。けれど彼女はそれをほんとうに行ないはしなかった。青春期にはたいていそうしたものである。生涯《しょうがい》のある時期においては、人は狂気|沙汰《ざた》の小動物となって――(吾人《ごじん》も皆一度はそうであった)――あるいは自殺のうちに、あるいは見当たりしだいの異性の腕のなかに、将《まさ》に身を投ぜんとするものである。ただ仕合わせにも、たいていの者はそこで立ち止まる。ジャックリーヌも、見たか見ないかの男に向かって熱烈な手紙をいくらも書き散らした。しかしどれも出さなかった。ただ一つ心酔しきった手紙を、自分の名を書かずに、ある無情な狭量な醜い卑しい利己的な批評家に送った。彼が書いた三、四行の文のなかに感傷的な宝を見出して、それで恋しくなったのだった。彼女はまたある一流の俳優に想《おも》い焦がれた。住居が彼女の家の近くだった。その門前を通ることに彼女はみずから言った。
「はいってみようかしら。」
 そしてあるとき彼女は大胆にも、彼が住んでる階まで上がって行った。しかし一度そこまでゆくとすぐに逃げ出した。どんなことを言ったらよいか? いや言うべきことは何一つなかった。彼を少しも恋してるのではなかった。自分でもそれはよくわかっていた。彼女のそういう無分別さの半ばは、みずから好んでやってる欺瞞《ぎまん》だった。他の半ばは、恋したいという楽しい馬鹿げたいつまでも失《う》せない欲求だった。ジャックリーヌはごく怜悧《れいり》だったから、それをみずから知らないではなかった。それでもやはり無分別にならざるを得なかった。みずからよく知ってる狂人は二人分の狂人に相当する。
 彼女は社交界に多く顔を出した。彼女に魅せられてる多くの青年らに取り囲まれ、一人ならずの者から恋されていた。しかし彼女はそのだれをも愛しないで、皆とふざけていた。自分がどんなに人を苦しめてるかは顧みもしなかった。美しい娘は恋愛を残忍な遊戯となすものである。人に恋されるのは至って当然のことだと見なしていて、自分の愛する者にたいする場合を除いては、何にも負い目がないと思っている。自分を恋してる男はすでにもうそれだけで十分幸福だと、好んで思いがちである。ただ彼女の弁護となる一事は、彼女は一日じゅう恋愛のことを考えてはいるけれど、恋愛のなんたるやを少しも知っていないことである。温室的な空気の中に育った社交界の若い娘は、田舎《いなか》の娘よりも早熟だと人は想像しがちであるけれど、事実はその反対である。読書や会話は、彼女のうちに恋愛の妄想《もうそう》を作り出して、それが無為閑散な生活のうちでは、しばしば恋愛狂に似寄ってくることが多い。時とすると彼女は、一編の物語の筋を前から読んでいて、その言葉をすっかり暗誦《あんしょう》してることさえある。したがって彼女はそれを心には少しも感じな
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