られるのです。あなたがたは私たち女のことを知ってると思い込んでいられますけれど……ああ、私たちにとっては、あなたがたから少しも愛せられていないということではなく、どんなふうに愛せられてるかということ、私たちをもっともよく愛してる人たちにとって私たちがなんであるかということ、それを見るのが時としてはどんなに苦しいか、あなたがたに知っていただけさえしましたら! クリストフさん、時によりますと、『愛してくださいますな、愛してくださいますな、こんなふうに愛してくださるよりも、他のことのほうがどんなことでもまだよろしいのです、』という叫び声を押えるためには、爪《つめ》が手のひらにくい入るほど拳《こぶし》を握りしめて我慢しなければならないこともあります……。あなたはある詩人のこういう言葉を御存じですか。『自分の家にいてさえも、子供たちの間にいてさえも、女は虚偽の名誉にとり巻かれ、極悪な悲惨よりもはるかに重い軽蔑《けいべつ》を堪え忍ぶ。』そのことを考えてごらんなさい、クリストフさん……。」
「驚いたことを言われますね。僕にはよくのみ込めません。けれどなんだか少しは……ではあなた自身も……。」
「私はそういう苦しみを知りました。」
「ほんとうですか?……だがそんなことはどうでもいいです。あなたがあの女と同じようなことをされようとは、僕にはけっして信じられません。」
「私には子供がありませんよ、クリストフさん。あの女《ひと》の身になったらどんなことをしたかわかるものですか。」
「いいえ、そんなことはありません。僕はあなたを信じています。あなたを尊敬しすぎてるくらいです。そんなことはないと僕は誓います。」
「誓えるものではありません。私もあの女《ひと》と同じようなことをしかかったことがあります……。あなたからよく思っていただいてるのを打ちこわすのは、心苦しいことですけれど、あなたも、誤った考えをいだくまいと望まれるなら、私たち女のことを少しお知りにならなければいけません。――まったくです、私はあの女《ひと》と同じような馬鹿げたことを危うくするところでした。そして私がそれをしなかったのも、多少はあなたのおかげです。ちょうど二年前のことでした。私はそのころ、悲しみに身を噛《か》まれるような心地がしていました。いつもこう考えていました、私はなんの役にもたたない、だれも私に注意をしてはくれない、だれも私を必要としてはいない、夫でさえも私なしで済ましてゆけるだろう、私が生きたのも無駄《むだ》であった……と。そして私は逃げ出そうとしました、なんだか馬鹿げたことをしようとしました。あなたのところへ上がって行きました……。覚えていらっしゃいますか?……あなたはなんで私がやって来たのかおわかりになりませんでした。私はお別れにまいったのでした……。それから、どんなことになったか私は存じません。どんなことをあなたがおっしゃったか知りません。もうはっきり思い出せないのです……。けれどたしかに、あなたに何か言われました……(御自分ではお気もつかれなかったのでしょうが)……その言葉が私にとっては一筋の光明でした……。まったくその瞬間には、ほんのわずかなことで、私は駄目になるか救われるかする場合だったのです……。私はあなたのところから出て、自分の室に帰り、閉じこもって、一日じゅう泣きました……。それからはすっかりよくなりました。危機は通り過ぎてしまったのです。」
「そして今では、」とクリストフは尋ねた、「それを後悔していらっしゃるのですか。」
「今ですって?」と彼女は言った。「ああもしそんな馬鹿な真似《まね》をしていましたら、私はもうとっくにセーヌ河《がわ》の底にでも沈んでるでしょう。私はその不名誉を忍びきれなかったでしょう、気の毒な夫にかけた苦しみを忍びきれなかったでしょう。」
「ではあなたは幸福なんですね。」
「ええ、この世で人が幸福になり得られるだけの程度には。まったくのところ、おたがいに理解し合い尊重し合って、おたがいに信じてることをよく知ってる夫婦というものは、世にはめったにありません。それも、多くは幻にすぎない単なる愛の信念からではなくて、いっしょに過ごした長年の経験から、陰鬱《いんうつ》な平凡な長年の経験から、そうなったのでして、打ち勝ってきたいろんな危険の思い出がありながらも――いえ、ことにその思い出があるので、いっそうそうなってゆくのです。そして年取るに従って、それはますますよくなってゆくものなんです。」
彼女は口をつぐんだ、そして突然顔を赧《あか》くした。
「まあ、私はどうしてこんなことをお話ししたのでしょう?……どうしたのでしょう?……お忘れになってくださいね、クリストフさん、お願いですから。だれにも知られてはいけないことなんです……。」
「御心配には
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