は激昂《げっこう》してしまった。
 そこで、彼にたいする戦いが始められた。彼らはあらゆる武器を用いた。そのうえにまた、屁理屈《へりくつ》の武器蔵から古い戦《いくさ》道具まで取り出した。それはあらゆる創造者にたいして無力な者どもが順々に使用していったもので、けっして人を殺したことはなかったが、一般の馬鹿者どもにはかならず効果ある影響を及ぼすのだった。すなわち彼らは彼を剽窃《ひょうせつ》者だと誣《し》いた。彼の作品や無名な音楽家らの作品の中から、勝手な部分を選み取ってきていい加減に変装さした。そして彼は他人の霊感《インスピレーション》を盗んだのだと証明した。彼は若い芸術家らを窒息させたかったのだと中傷した。ところが、吠《ほ》えるのを職務としてる奴ら、背の高い人の肩によじ登って「俺《おれ》はお前より高いぞ」と叫ぶ、それら小人の批評家ども、それだけが彼の相手ならまだよかった。しかしそうはゆかなかった。才能ある人々もたがいに攻撃し合うものである。各人が仲間の者らにとっては我慢できない人物となるものである。それでもなお、人の言うごとく、各人が平和に仕事し得るくらいには十分世界は広いし、また各人はすでに自分の才能のうちにかなり手剛《てごわ》い敵をもってるものである。
 クリストフを嫉視《しっし》してる芸術家らがドイツにいた。彼らは必要に応じていろんな武器を作り出しては、それを彼の敵へ供給した。フランスにもそういう奴らがいた。音楽記者のうちの国家主義者らは――その多くは外国人だったが――民族の相違を彼の頭に投げつけて侮辱した。クリストフの成功ははるかに大となっていたし、また流行まで手伝っていたので、彼はその誇張的表現によって、中立の人々をさえ――ましてその他の人々をなおさら、憤慨さしてるはずだと、彼らは考えたのだった。実際クリストフは今では、音楽会の聴衆のうちに、上流社会の人々や青年雑誌の執筆者らの間に、熱心な味方をもっていた。その人々は、クリストフが何を作ろうとも夢中に喜んで、彼以前に音楽は存しなかったと好んで宣言していた。ある者らは彼の作品を説明して、哲学的意図をそこに見出していた。彼はそれを聞いてあきれ返った。またある者らは音楽上の革命をそこに認め、伝統にたいする攻撃を認めていた。が彼は伝統を尊敬してるのだった。しかし抗言しても無益だった。何を書いてるのか彼は自分で知らないのだと、彼らは彼に証明しかねなかった。彼らは彼を賞賛しながら自分自身を賞賛していた。そういうふうだったから、クリストフにたいする戦いは、彼と同業者たる作曲家連中の間に強い同感を得た。彼らは彼に罪もない右のような「空騒《からさわ》ぎ」を憤慨していた。そうでなくとも彼らは彼の音楽を好まなかった。思想に満ち満ちていて、創造的幻想の表面上の混乱さに従って、多少拙劣にその思想を使用してる者にたいし、自分では思想をもっていないが、学び知った形式に従ってたやすく思想を表現する者がいだく、自然の憤りを、多くの者はクリストフにたいしていだいていた。書く術《すべ》を知らないという非難が、それらの写字生どもによって幾度となく彼に発せられた。彼らにとっては、文体というものは、食堂の処法のうちに、思想が投げ入れられる料理の鋳型のうちに、存してるのであった。クリストフのもっともよい味方たちは、彼を理解しようとは努めなかった。彼から与えられる善のために単純に彼を愛していたので、彼を理解する唯一の人々となっていた。ところがそういう人たちは、世に名を知られていない聴衆にすぎなくて、問題にたいする発言権をもっていなかった。クリストフに代わって勇敢に答弁し得る唯一の者――オリヴィエは、当時彼から離れていて、彼を忘れてるかのようだった。それでクリストフは、敵と賞賛者との手中にあった。その賞賛者どもも、争って彼に害ばかり与えていた。クリストフは厭《いや》になって、少しも答え返さなかった。大新聞を足場として彼に下されてる判決文、無知と自身の無事とから来る傲慢《ごうまん》さをもって芸術を指導せんとする、僭越《せんえつ》な批評家どもの判決文、それを彼は読んでも、ただ肩をそびやかしながら言った。
「俺《おれ》を裁《さば》くがいい。俺も貴様を裁いてやる。百年たってから顔を合わせようじゃないか!」
 しかし当分のうちは、悪口が時を得ていた。そして公衆は例によって、それらのもっともくだらない破廉恥な非難を、ただ呆然《ぼうぜん》として迎えていた。
 クリストフは、自分の地位がかなり困難になってることに気づかないらしく、ちょうどそういうときに自分の出版者とも仲違《なかたが》いした。とは言え彼は、そのヘヒトを恨む筋はないはずだった。ヘヒトは彼の新しい作品を几帳面《きちょうめん》に出版してくれたし、商売にかけては正直だった。もちろ
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